Usual Quest
ユージュアル・クエスト

番外編.「泡酒とバッサ煮」(布鯨作)

モンスター、って言うと、どんなものを想像する?
堅い鱗や肌をもって、鋭い爪や牙で人間の身を切り裂く。
緑色の血をした異形の生物。魔界からの災厄を運ぶ使者。
……まぁ、そんなトコだろうね。
強いのも弱いのも、恐ろしいのもどこか可愛いものもいるって?
そう、昔歌でもあるように、
『青いバルーン叩いて逃げた そしたらオーガがやってきた
 悪い子供を一飲み二飲み 家に帰れなくなっちゃった!』……ってね。
青いバルーンは弱い。オーガやアルレチアは強い。そんなのは町の子供だって知ってる。

あともうひとつ、質問をしてもいいかな。
うん、そうだ。そこの泡酒は好きにやってくれていい。フィゲンの村の初物だ。今年は当たり年らしくてね。
グラスはこれをつかって……ツマミがほしいなら、持ってくるけど、どうだい。
そうか、いいバッサ煮があるんだけど。本当にいらない?
んふふ、そうこなくっちゃ。ちょっと待ってて。



はい、バッサ煮とカブールの茎。ちょっと味が濃いかも知れないから、茎は好きにかじってね。
よし、準備が整ったところで、改めて質問させてもらうよ。


モンスターは、人間になれると思うかい?

なれない? なんでそう思うのかな。
まったく別の生物だから。蝉は熊になれない、と同じ事、か。
そうだね。まったくもって正しい。
のどが渇いたら水を飲むくらい正しいね。僕の場合は泡酒がいいんだけどね。
ああ、いや、そういうつもりじゃなくてね。いいよ、それは君の泡酒だ。初物でね、当たり年らしいんだよ。
僕もそう思う。モンスターはどう望んでもモンスターのままだ。
もっとも「モンスター」って呼ぶのは人間だけなんだけどね。
朝起きたら人間になってることは絶対にない。
進化の先に、もっとも今の話だけど、モンスターが人間になることはおそらくないだろうとは思うよ。
もうひとつ、質問をさせてもらってもいいかな。
ありがとう。忙しいのにすまないね。

さっきの逆の話さ。
人間は、モンスターになれると思うかい?

んふふ、悩んでるね。いいさ、僕は忙しくないからね。もちろん時間がなかったら席を立ってもかまわないさ。
ほお、なれないけど、近しい存在にはなれる。そう思うんだね。
犯罪や罪を犯せば、『モンスター自体』にはなれないけど『恐ろしい生物』にはなれる、と。
おもしろい意見だね。今まで質問してきた人はみんな「なれるわけがない」って言ったのに。
本当におもしろい意見だ。んふふ、ちょっと意外だったよ。
いつでも、だれでも定義的な意味でのモンスターにはなれる、ってことだね。
だからこそ邪悪なモンスターを狩って、換金して、世のため人のため自分を鍛えよう。
そうすれば世界は平和に、富と名誉を得た自分はモンスターにならずに済む。
いいねぇ、素敵だねぇ。んふふ、グラスをそんなに力強く握ったら割れてしまうよ。

さてね、さっきの話覚えてるかい?
「モンスター」って呼ぶのは人間だけって話だよ。
人間はモンスターを「モンスター」と呼ぶ。
では、モンスターはモンスターを、それと人間をどう呼ぶ?
もっとも本人達に聞いたわけじゃないから、ここからの話は僕の想像だよ。

モンスターは自分たちのことを「人間」と。
人間のことを「モンスター」って呼んでいるんじゃないかな。
だってそうだろう? いきなり自分の敷地に入ってきて、
問答無用で魔法だの剣だの槍だので襲われる。
生まれたばっかりの子供だっていただろう。
人間からみたら醜い生物でも、親にとってはそりゃあ可愛いもんだったろうよ。
そんな家族を殺され、あるいは生きたまま捕らえられて換金所へ連れて行かれる。
愛する家族を守る為、勝てないと思いつつも完全武装のパーティーに立ち向かっていく。
そんな親に刺さる弓矢や剣先。先手を取ればこっちのもんだ、って詠唱する特大魔法。
ケシ炭になった「モンスター」の前でハイタッチをして健闘を称えあう人間たち。
……それこそ、人間のいう『モンスター』そのものじゃないのかね。

どうしたんだい? 泡酒が減ってないじゃないか。
バッサ煮もほとんど食べずに、冷えて堅くなってしまったね。
まぁ、いいさ。命と違って暖めなおせば、また食べられるようになるんだからね。
気分が悪くなってきたなら、謝るよ。
そんなことない、って? 顔色が悪いようだけど。
なんでそんなことが分かるんだ? だって?
んふふ、いいところに気がついたね。
さっきの質問を蒸しかえすようだけど、「モンスターは人間になれない」って結論になったね。
その逆は、ありえないことでもない、って。

でもね、どこにも例外はいるんだよ。
んふふ、僕はもともと人間で、モンスターに育てられたんだよ。
だからモンスターの気持ちも分かるし、人間の言葉も分かる。
捨てられてパルブの群れに襲われそうになってたところを、
ほら、さっきの話さ。恐ろしいオーガに助けられて、そのまま育ててもらったんだ。
なんで助けられたのかも、本人にきいても何故助けたか、分からない。
そのまま17年、そう、オーガの寿命は長いからね。
僕は人間の言葉を教えられない代わりに、オーガの発声での意思疎通を教わった。
最初はぜんぜん音が出なくてね。よくボロロッカの実をすりつぶして飲んで喉を焼いたものさ。
学校へ行く代わりに戦い方を教わったよ。
知ってのとおりオーガは体が大きくて力も強い。棍棒が持てずによく怒られたよ。
あとはさっき話したとおりだよ。
人間のパーティーが僕の家族を襲い、僕は「オーガにさらわれた子供」として、そのパーティーに救われた。
部文伝言に載るくらいの美談として伝えられたこの話も、
僕にとってみればまったくの逆だったんだ。

『モンスター』が
『人間』を殺して僕をさらっていった。

思い出したかい?
そう、英雄の、君が助けた、あのとき一言も話せなかった、子供が、僕さ。
ありがとう、おかげで人間の言葉も話せるようになったよ。
一方君は一躍ヒーローだ。可愛い奥さんと子供もできた。あのとき報奨金も沢山もらったんだろう?

……泡酒、少し苦くなかったかい?
ちょっと君にも、僕が味わった気持ちを味わってもらおうと思ってね。
少し舌が痺れてきただろう?
さっきから気づいてないかもしれないけど、君の椅子の座り方、変じゃないか?
麻痺の薬を少し飲んだんだから、しょうがないかもね。

さて、本題に入ろうか。
この後ろの部屋に君の大切な大切な家族が眠っている。
そんなに怖い顔をしないでおくれよ。
ここで最後の質問をするよ。あと少しで話せなくなるからね。




「僕は、モンスターかい?」




……んふふ、冗談だよ。
後ろの部屋には誰もいないし、君の自由を奪っているのは薬ではなくて、僕の魔法だよ。
もちろん、僕がモンスターに育てられたってこともね。
部屋をあけてみようか?
ほら、僕が研究しているモンスターの標本がぎっしりで、君の家族がはいる場所なんてどこにもないだろう?
……はい。これで君は自由だ。
んふふ、なんでこんなことを、って顔をしてるね。
深い意味なんてないよ。ただ時間つぶしさ。
時計をみてごらん。
そう、もう君の仕事の時間だよ。
時が経つのは早かったかい?
悪趣味だ! って?
そうだね、僕もそう思うよ。

さぁ、おいき。
付き合ってくれてありがとう。恐ろしい思いをさせてすまなかったね。
お帰りは後ろのドアだ。忘れ物はない様にね。



んふふ、もう動いていいんだよ。

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