Usual Quest
ユージュアル・クエスト

76.「剣は何も語らず」


「できた……」

 鍛冶屋のハリマオはハンマーをうつ手を止め、ふるえた声で言った。
 おそるおそる、横の水がめに、それを浸ける。
 じゅううう、と水が蒸発する音と共に、一振りの剣が、姿を現した。

「まさかこんな日が来るだなんて。“魔力”を持ったダマス鋼を、武器にできるだなんて! とんでもないことだ。俺はとんでもないものを生み出しちまった! やった、ついにやったぞ!」

 ハリマオは感激のあまり、涙を流して喜んだ。
 剣が誕生した瞬間だった。

 彼は数日後、剣を王に献上した。
 ダグラス王国の王・マッシはその輝きに目を奪われた。

「ほう……これはすばらしい。輝きが違うな」
「はい。ダマス鋼を剣に変えたのです」

 マッシ王の目つきが変わった。

「なにぃ!? 神聖なるダマス鋼を武器にしたと申すか!?」
「は、はい。ダマス鋼は炎を斬り、雷を弾く最強の金属です。神聖だからこそ、ダグラスを守る武器にしようと」
「ならん!! 先祖代々伝わるダマス鋼を兵器に活用するなぞ! きさまは打ち首だ!」
「お、王よ! お待ちください! 私は、国のためを思って! この武器があれば、歴史を変えられるのですっ!」

 しかし、ハリマオは神聖なものを汚した罪人として死罪となった。
 剣は、ダグラス王国の職人たちによって破壊されることになったが、ダマス鋼を加工する方法を知っていたのは、殺されたハリマオだけだった。
 剣は、火にかけても、雷に打たれても、1年水に浸けられても壊れなかった。
 方策を失った王国政府は、剣を城の地下に封印した。

 時は流れ、50年後。
 ダグラス王国は隣のシン・ザイド帝国の攻撃に逢い、あえなく滅亡した。
 ザイド第20代皇帝のダルク・シン・ザイドは、地下から見つけられた剣に、やはり目を奪われた。

「すばらしい。なぜこの武器を、この国は活用しなかったのだ」

 その後の戦いにて、剣は大きく活躍。
 皇帝はその性能に感動した。
 シン・ザイド帝国は奪い取ったこの剣を国宝とし、帝国で「希望」を意味する言葉でもある「ダルク」という銘を付けた。
 以降、ダルクはシン・ザイド帝国の皇帝が持つ剣として時を過ごす。特に第25代の皇帝、バルザード・シン・ザイドはダルクの名手として多くの戦いを制し、シン・ザイド帝国は領地をマグニア大陸にまで広げ、世界4大陸を制覇。黄金時代を築いた。

 しかし、第26代皇帝であるバルザード2世は、この剣をひどく嫌った。

「多くの人を殺し続けた魔剣など、これからの時代には必要ない。私が皇帝となったからには、父のようにはせん。この剣は海に沈め、殺戮の時代を終わりとする」

 2世は戴冠式でダルクを、海へと投げ込んだ。
 なんという皮肉か、ダルクを失ったシン・ザイド帝国はそれがきっかけとなった反乱で、5年後には滅亡した。


 それから、長い時が流れた。
 島国タ・ラマニューの魔女デザローラ・ザクフロイドは偶然、偶然砂浜でこの剣を見つけた。
 彼女はその剣が持つ“魔力”の強さに驚いた。
 海水に長いこと浸けられたダルクは錆びることもなく、むしろ自然の力を我がものとし多量の“魔力”をまとっていたのだ。
 魔女は剣を持ち帰り、己の術を高める研究に没頭した。

 数年後、魔女は剣の力を利用し、これまでに存在しなかった魔法をいくつも生み出した。
 特に死人を生き返らせることさえできる回復術は、多くの友や恋人を失ってきた魔女を高揚させた。
 彼女は死人を生き返らせ、自分の理想郷を築いた。噂が噂を呼び、死者を取り戻したい人々が彼女の元へと押し寄せ、いつしか魔女は「聖女」と称されるようになった。
 剣は「ザクフロイドの聖剣」と呼ばれ、彼女の理想郷「ザクフロイド・エデン」の守り神として奉られるようになった。

 しかし、それから百年後のこと。
 生き返らせられた死者たちと、種の限界をこえて延命を続けていた聖女ザクフロイドが、あるとき急に乱心。
 それは、神の領域を侵してしまった罰だったのかもしれない。彼らはすべての命を亡きものにするため、人類に宣戦を布告。人間たちの街を襲うようになった。
 聖剣は一転して、彼女たちに強大な“魔力”を供給する「ザクフロイドの魔剣」と呼ばれるようになり、人々から恐れられた。
 ザクフロイドは3か月で4つの国を滅ぼしたが、それが原因で世界中から目を付けられることになる。タ・ラマニューには各国からウィッチハンターが呼び寄せられ、ザクフロイドは逃げ場を失い、最終的にはある青年によって殺された。
 ザクフロイドの最期の言葉は「ありがとう」だったという。

「なに。報酬としてその魔剣がほしいだと?」

 タ・ラマニューのマリメスク・タ・ラマニュー王は、玉座で顔をしかめた。目の前にひざまづく青年は、笑顔でこう返した。

「ええ。その剣の噂を聞いていまして。まさかと思って来てみたら、本当に実物でした」
「ならん。この剣は危険なものだ。ザクフロイドという魔女を生んでしまったわが国が責任を持って保管する」

 青年はもっと笑った。

「まあ、それでも結構ですけど。でも、ご存じですか? その剣をかつて持っていたのは、あのシン・ザイド帝国だということを」
「なに。かつて隆盛を誇ったという……あのシン・ザイドか!」

 青年はシン・ザイド帝国がその剣が原因で滅んだという昔話と、それを持つことがどれだけ危険かということ、そして自身ならその処理が行えることを伝えた。
 しかし、一人の人間に渡すべきものではないと、マリメスク王はその要求を突っぱねた。

「そうですか……残念です。でも、私にはその剣がどうしても必要なのです。たとえばあなたを殺してでも、手に入れたいのです」
「なんだと。そんなことをしようとしても、ここにいる衛兵たちが黙ってはいないぞ」
「いえ、その人たちも全員殺します。私にはそれができますから」
 謁見の間は、張りつめた緊張感に包まれた。
「では、聞こう。君はその剣を使って、何をするつもりだ?」

 王が聞くと、青年は笑顔を消した。

「魔界に行くのです」
「酔狂な! 君は……死ぬつもりか?」
「いえ。死にはしません。私は、人間を超えるのです……。あなたたちには、よくわからないかもしれない。だがその剣は、私が使う方が有効活用できる。これ以上の話し合いは、意味がない。王よ、選びなさい。死ぬか、渡すか」

 青年は目を見開いた。そのぞっとするような覇気に、王は圧倒された。
 青年は、自分たちが首を縦に振らなければ自分たちを殺すだろうし、殺せるだろうと、王はそれだけで理解してしまった。
 たったこれだけの会話でも器が違うと、思い知らされたのだ。

 王は、剣を青年に託すことにした。

「さ、最後に教えてくれ。君の名を」
「私はルイス。ルイス・カルバリオンです」

 マグン王国の勇者ルイス・カルバリオンはその2か月後、魔界にもっとも近い場所にある街、バンゲスの武器屋にザクフロイドの剣を売り払った。
 不思議なことに、剣からは一切の“魔力”がなくなっており、武器屋は通常の剣と同じ金額でこの剣を買い取った。

 剣はそれから、何人かの手が渡った。
 しかしここから先、この剣には特殊なエピソードがない。剣はもう、ダマス鋼としての力も失っていたのだ。
 剣はあくまでもふつうの剣として、剣士が使い、武器商人が買い取り、別の剣士が折り、鍛冶屋が修復し、また、別の人間の手に渡り続けた。

 そして、また長い時が流れた。



 王都マグンは、メーンストレートの中に建つ、とあるしょぼくれた露店。

「おい、本当にそんなの買うのかよ」

 魔術師グラン・グレンは、いぶかしげな顔で言う。
 対して、剣士リブレ・ロッシは真剣な眼差しで、古めかしい長剣を見つめている。

「うん。だってこのおじさんが言うには、勇者ルイスが使った剣だっていうんだろ? だったら、この僕がこいつを買わない理由はないよ」
「うそに決まってんだろ……。同じ謳い文句の剣が、この王都に何千本あると思ってんだよ。見たところだいぶ年期も入ってるし、買うだけ損ってもんだぜ」

 露店の店主はグランをにらみつけた。グランは地面に唾を吐いて応戦する。

「いいや、たとえそうでも3万ゴールドなら、買いだ!」

 リブレは、汚いテーブルに1万ゴールド硬貨を3枚たたきつけ、剣を背負った。
 グランは肩をすくめた。
「ばかなやつ。そいつが本当にルイスの使った剣だったら、この場で死んでやってもいいぜ」

 剣は、何も語らず。

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