Usual Quest
ユージュアル・クエスト

67.「イナフ、疑う」

 イナフ・ストラウフは汗をたらしながら剣を抜いた。自身の鎧と同じ色、黄金の聖剣「ガルズ」だ。
 しかし、その刀身はいつものように“魔力”のこもった光を放つことはなく、ただずっしりと周りの闇にとけこんでいた。
「なぜだ、なぜ“魔力”が出ない!?」
 イナフは愛刀の思わぬ不義に狼狽した。もっとも、なんとなくそんな気はしていた。
「来るな、来るな……」
 イナフは後ずさりしながらつぶやいた。
 目の前には無表情の剣士が腰を低くして、剣の柄に手をかけている。
「来るなあ! リブレ・ロッシ!」
 リブレ・ロッシが剣を抜く。光があふれ、眼前の「ガルズ」がまっぷたつに折れると共に、剣の閃きがイナフを襲った。

「うわああっ!」
 イナフはベッドから起きあがった。そしてしばらく宙を見つめたあと、汗で塗れた枕を殴りつけた。
「くそっ……! くだらん夢だ」
 イナフは起き上がり、机に置かれた紙を手に取った。
 勇者採用試験、一次審査通過者。そうタイトルをつけられたリストの一番端に、あの「リブレ・ロッシ」の名前が記載されていた。
「リブレ・ロッシ……いったいどういうつもりだ、勇者採用試験などと」
 イナフはウイングラビットの一件以来、仕事の合間などを利用して彼のことを探っていた。驚いたことに、彼は本当にギルドに所属していない「職なし」であった。どうやら避けられているらしく、結局会えたのは一度きりだったが、リブレはその時も、例の技についてはしらを切り通し、結局何も聞けないまま逃げられてしまった。
 だからこそ、エントリーシートを見たときは目を疑った。もっとも、試験官たちからは「職なし」のくせに物怖じすらせずに受験しに来ては落ちることを繰り返す、無謀な恥知らずとして認知されていたらしいが。
 イナフは少なからず、いらだちを覚えた。自分のことを警戒しておきながら、そんなことをしていたとは。彼の行動には不可解な点が多すぎる。
「なんにせよ、勇者採用試験……これで奴の秘密が少しはわかるかもしれんな」
 イナフは身支度を整え、家を出た。

「どうだ、二次試験は」
 イナフは勤務先のマグン城・騎士団詰め所に入るなり言った。本日は二次試験の筆記試験日である。
「さっき終わったところです」
「答案を見せてくれないか」
 団員はイナフに答案用紙の束を手渡した。イナフはそれをぱらぱらとめくり、リブレの名前を見つけた。
 リブレ・ロッシよ。お手並み拝見と行こうか。
 イナフは答案を読み出した。

「問1・モンスター、バジリスクの特徴とその対処法、パーティ編成を述べよ」
 イナフはこの回答が即座に浮かんだ。バジリスクの特徴と言えば、金属のように堅い皮膚と石化液を持つことだ。戦う時は石化液に注意しながら攻撃を加え、後衛がいる場合は石化液を敢えて撃たせ、隙を作ってやることがセオリーとなる。特に電撃魔法が有効のため、魔術師をパーティに一人入れることがこの問題のキモになるわけだ。
 イナフは回答欄に目を移した。

「答・速くて強い。かんしゃく玉を投げて逃げる。パーティは特にいらない」

 イナフは思わず笑いをこらえた。逃げる。まずこの選択が勇者として間違っている。この答えはゼロ点だ。
 リブレ・ロッシ。やはり買いかぶりすぎていたか。

 イナフは次の問題を読んだ。

「問2・トンカ平原で精霊とエンカウントした場合の対処を述べよ」
 答えは簡単である。存在を確認したら、速やかに騎士団に報告する。まず勝ち目がないからだ。精霊に勝負を挑んではいけない。無謀な人間を落とすための引っかけ問題といったところだろう。
 リブレ・ロッシはこの問題に引っかかってやしないだろうか。

「答・まず出会わない」

 イナフは表情を失った。
 まず、出会わない。これは引っかかるどころか、かすりもしていない、ひどい回答だ。
「やはり、買いかぶりすぎていたな」
 イナフは答案を置いて立ち去ろうとしたが、急にぴたりと止まり、改めて回答を見た。

「まず、出会わない……」
 つまり、「精霊に出会わない」。リブレは精霊と出会うことがないとでも言うのだろうか。確かに滅多に会わない存在ではあるが、この王都でそんなことを断言できる人間が一体何人いるのだろうか? それだけのリスク回避術を持っている人間が、どれだけいるのだろうか?
 イナフははっとし、さっきのバジリスクの問題を見直した。

「速くて強い。かんしゃく玉を投げて逃げる。パーティは特にいらない」

 よくよく見てみると、バジリスクが危険なことについては熟知している。そして、その上で「逃げる」「パーティはいらない」と断言している。
 執着心の強いバジリスクから逃げることは通常のパーティでは困難を極める。魔法職が「リターン」でも使えない限りは、基本的に追いかけ回されるはめになる。
 だが、リブレには「パーティはいらない」。つまり一人ですべて処理できる自信があるのだ。
 イナフは背筋が凍る思いだった。
 一見、ばかばかしい回答だ。だが、角度を変えて読むとそれは、回答者の実力のいかに高いかを証明している内容なのだ。

 イナフは頭を抱えてつぶやいた。
「間違いない……。リブレはこの問題を通して、私たちを試しているのだ……! この回答の意味するところがわからなければ、騎士団のレベルとはそんなものかと……勇者とはそんなものかと見下そうとしている!」
「隊長、いかがされました? そちらは不合格者の答案ですよ」
 イナフは自分に声をかけてきた団員をきっとにらみつけ、胸ぐらを掴んだ。
「愚か者が。この回答者の意図が読めんのか? この男は合格だ!」
 団員は困った表情で答案を見た。点をつけるまでもなく、最初の一問目で不合格となったものだった。
「えーと、隊長、それは……」
「リブレ・ロッシ……やはりただ者ではなかった。貴様の挑発、受けて立つぞ! 第三次試験で首を洗って待っているがいい!」
 イナフは高笑いした。

 第三次試験は、騎士団の養成所を利用したモンスターとの実戦である。イナフは確信していた。この試験には中級ランク以上のモンスターを使用する。さすがのリブレ・ロッシも、実力を出さざるを得ないだろう。

 だが、事後に報告を聞いたイナフは動揺を隠せなかった。
「つまり……十二番のロッシは、帰ったということか?」
「はい。実戦と聞いたとたんに、自分は棄権すると言い出したのです。ありゃあ、明らかにおびえてましたね。どうしてここまで進んで来られたのかが不思議なくらいです」
「それで、奴の実力は計ったのか?」
 団員は驚いた様子で言った。
「いえ、妙な玉を投げて逃げていきました」
 イナフは腕を組んで考えた。
 リブレ・ロッシが帰った……。奴の実力なら、当然合格できたはずだ。どうして……?
 イナフははっとした。
「まさか私か……? 私の存在を知って、技を見せまいと帰ったのでは……?」
「あ、あの、イナフ隊長?」
「もしやリブレ・ロッシは、また私を試しているのか? 俺の実力は以前見せたはずだ、だからこんなことをせずとも合格にするはず。それができないということは、イナフ・ストラウフは優秀な人材を見極められない凡人だ、そう言いたいのか、リブレ・ロッシ?」
 イナフはいすから勢いよく立ち上がった。
「そうはいかんぞ。貴様の腹のうちは読めた。悪いが合格してもらう!」

 王都マグンは、サン・ストリート沿いの酒場「ルーザーズ・キッチン」。
「第三次試験も合格したよ、グラン!」
 リブレが合格通知を手にして入ってきた。グランは通知用紙を手に取って、ぷらぷらさせながら見た。
「へえ。確かお前、その試験逃げたんだろ。手違いかなんかじゃねーの。騎士団ってのも案外テキトーなんだな。もうけたじゃん」
「違うよ、きっとかんしゃく玉が評価されたんだ」
「その、かんしゃく玉への絶対的信頼は一体どこから来るんだよ」

 二人のやりとりを見ながら、ロバートが少し訝しげにしていた。

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