「グラン、よく俺たちの居場所がわかったね」 「たまたまだよ。マタイサに戻る途中で、アイの奴がモンスターの気配がするとか言い出してよ……ああ、疲れた」 グランはそうとうくたびれた様子だ。対して隣のアイは笑顔で拳を握っている。 「やっぱり、モンスターじゃなかったけど人がいたよ。しかも知り合い。どうだいグラン。トマーヤ芋掘りの修行は無駄じゃなかったんだ」 「だから、何度も言ってるだろ。あれはミハイルのアホたれを騙すためのだな……」 うんざりとした様子でアイに返答していたグランは、リノの姿を見て言葉を切った。 リノは脂汗をかいた。恐れていたことが現実となった。 「あれあれ、リノちゃんどったの? ずいぶんとまあ、すてきな格好じゃないの」 グランは突然、元気を取り戻してにやにやしだした。 そこに、リブレが真顔で突っ込んだ。 「おい、バカにするな。リノは新しい呪術のために、わざわざあんな恥ずかしい格好をしているんだ」 「へえ、新しい呪術……ねぇ」 グランはそれを聞いて、ことさらうれしそうにした。 リノは思った。やはり怪しまれている。なんとかしなければ。 「そ、そうなのよ。最新式の奴なのよね。突拍子ないように見えるかもしれないけれど、顔を隠すのって大事なことなのよ。“理力”を集中する修行だって、真っ暗な部屋でやるでしょう? あれと一緒なのよ。内容について話せないのは、呪術なんだから当然よね?」 リノは精一杯のうそを並べ立てた。グランはしばらくして、頷いた。 「なるほどね。確かに最近、そういうワケのわかんねー契約が必要な魔法が流行ってるからな。あんまり興味ねえけど、おもしろい奴だったら今度俺にも教えてくれよ。よし、せっかくだし、帰りがてら魔石狩りといくか」 「モンスター退治だね! やろうやろう!」 グラン、アイがパーティに加わる。 リノはほっと胸をなでおろした。 グランはともかく、「ルーザーズ」に集まるメンバー中でも最強を誇るアイを加えたパーティの安定感はかなりのもので、狩りそのものの条件についてはほとんど言うべきことがなくなった。六人はマタイサをさらに南下し、モウントー街道沿いでモンスター退治を続けていた。 しかし、相変わらずリノの苛立ちがなくなることはなかった。 「ったく、もー! どうして魔石が出ないのよ!」 「しょうがないじゃん。こればっかりは運だもの」 地団駄を踏むリノにミランダが冷たくいい放つ。リブレは次の標的を見つけたようだった。 「リノ、大声を出さないで。次はたぶん、そこそこ強いのが来るよ」 アイがランスをぶん回して構えた。 「待ってました! 種類はわかるかい?」 「雰囲気からするにゴブリン系の亜種だ。来るぞ!」 草むらをかきわけて現れたのは、三体の赤いゴブリンだった。パーティの全員がわっと驚く。リノが甲高い声で叫んだ。 「きたっ、ハイゴブリン!」 ハイゴブリン。ゴブリンの上位種モンスター。モウントー街道周辺で最強クラスの戦闘力を持つ。強さはバルーン(青)の約三百倍。 六人が驚いたのは、このモンスターが強いからではない。ハイゴブリンそのものが個体数の少ないモンスターであり、取れる魔石が希少だとして非常に高価で取引されているからである。今回はそれが三体も、目の前にいる。 リノはこのチャンスに興奮した。 「みんな、絶対に、ぜーったいに逃がさないでね! コンビネーション『七』よ!」 ミランダはすでに弓を引いている。 「わかってるわよ。リブレ、ヨロシク!」 ミランダの先制攻撃に合わせ、リブレが指の間にはめたいくつかのかんしゃく玉を遠投する。ミランダの矢がハイゴブリンの足近くの地面に刺さると、ゴブリンたちは人間たちの敵意を察し、攻撃の準備に入る。 だがその時、背後からかんしゃく玉が大きな音をたてて爆発を起こした。ハイゴブリンたちは驚いて、どうすべきか一瞬だけ躊躇した。 「もらった!」 その隙をめがけ、すでにリノの支援魔法を受けていたアイがランスを前方に向け、タックルをかます。“魔力”がはじける音とともにゴブリンの一体が吹き飛んで倒れた。 「次!」 アイが大きなうなり声をあげて、ニ体目に向かって突進する。ハイゴブリンはアイと対峙しようとするが、その足に矢が突き刺さったかと思うと、背後にロバートが現れて剣で切りつけた。バランスを崩したところをアイのランス・タックルが決まった。 リノは気分がよかった。アタッカーのアイを中心としたコンビネーション「七」は、リノが考案した攻撃方法の中でも一番の破壊力と成功率を誇る。さらに今回はミランダとリブレによる先制攻撃プラス、単体戦闘力でもひけを取らないロバートがヘルプに入っている。オーガ殺しとまでは言わないものの、今のメンバーならば多少格上が相手でも負けることはない。 「ラスト!」 アイは最後の一体に狙いを定める。しかし、勝ち目がないと見たハイゴブリンはすでに逃げ出していた。さっきまでの光景を見ていれば当然のことであろう。 アイの攻撃範囲を離れ、ミランダも矢をつがえている最中。こうなった場合は、魔術師が逃げ場をふさぐのがセオリーだ。 「グラン!」 リノが指示するが、グランの姿はない。リノはあたりを見渡した。 「どこいったの、グラン!」 「ここだよン」 やけにふざけた声で返事したグランは、リノのすぐ背後にいた。 その手は、リノの袋を鷲掴みにしている。 「あっ!」 「リノちゃん、わざわざあんな嘘をはべらせて……なにか、重要なこと忘れちゃったんじゃない? たとえば……」 グランは、にやついた。 「お化粧とかさ!」 その瞬間、リノは悟った。やられた。彼にはすべてお見通しだったのだ。そしてグラン・グレンという男は、目の前の戦闘よりも自分の興味を最優先するのだ……。 「ぜひぜひ、お顔みーせてっ!」 グランはリノの袋を取って投げ捨てた。彼がにやにやしながら彼女の顔を見ようとすると、そのあごにアッパーがとんだ。 けっきょく、戦闘はミランダが再度矢を放って足止めし、ロバートとアイの連携で勝利を収めた。 リブレたちは、ずっこけたまま失神するグランを見ていた。ミランダが肩をすくめる。 「バカじゃないの、こいつ。アイさあ、これのどこがいいわけ」 「今回ばかりは、返す言葉もないなあ……」 アイもあきれた様子だ。リブレはおそるおそる、後ろを向いて腕をくむリノの肩に手をかけた。 「リノ、わざわざあんな恥ずかしい格好で我慢していたのに、ごめんよ……グランの奴にはよく言ってきかせるからさ……」 リノが振り向く。 彼女は、黒い仮面をつけていた。 「いいわよ別に! 今日はこれで手を打つわ。その代わりに、明日も手伝ってね」 リノは明るい声で、魔石をかかげた。 そう、リノは布の下に仮面をつけていたのだ。元々は予備としてに用意していたものだが、グランが登場した時点で彼女は緊急時を想定し、二段構えの策を用意した。 リノは内心勝ち誇りながら、手に入れた魔石をのぞきこんだ。 見ているだけで吸い込まれそうなくらいにすきとおった、赤い魔石。ちらちらとほとばしる“理力”の輝きが、まるで宝石のようだった。 間違いなく、ここ数年のうちで一番の収穫だ。リノは仮面の下で、顔がひきつるほど笑顔になった。 「あの、リノさ」 ミランダが咳払いする。 「なに」 「ロバートとリブレの配分は決まってたとして、私やアイとの配分の話はしてなかったわよね」 リノは白々しくゆっくりと首をひねった。 「えっ、みんなボランティアでしょう? だって話をしなかったんだから、それってつまり、今回はロバートとリブレの手伝いで来てくれたってことよね」 「そうはいかねえよ! それだけのレアもの、ぜったい独り占めなんてさせねーからな」 ようやく意識を取り戻したグランが叫んだ。アイとミランダも頷く。 四人はごたごたと揉め始めた。グランが言うとおり、これだけ希少なアイテムともなると、義理や友情といったものはかなたに消えていく。レアアイテム獲得の興奮もあいまって、言動もついつい過激になる。 ロバートとリブレが何も言えないまま、熾烈な口げんかは十分ほど続いた。 「リノ、今になってそんなこと持ち出すなんてひどい!」 「アイちゃん、大人になりなさい! 今こそ私にあの時の借りを返す時なのよ!」 「アイは下がってろ、俺はその女に借りがねえからな」 「あんたにだって、数え切れないほどあるわ!」 「グラン、加勢してくれるならオッパイ触らせてあげてもいいわよ」 「おめーの垂れ乳なんて興味ねえよ!」 リノは怒鳴り声をあげた。 「あーもう、うるさい! とにかくこれは私のものよ!」 リノは魔石をもってくるりと背を向け、逃げ出した。全員がそれを追う。 その時。リノは石につまづいて、空中に投げ出された。 だが、そんなくらいでずっこけるリノではない。「フライング」を使って、体勢を立て直す。 「ふう、あぶないあぶない。とにかくあんたたち、これは私のものよ! わかってるわね!」 リノは仁王立ちして言い放った。 全員が沈黙。したあと、グランが言った。 「ま、まあ、たしかに……リノの言うことも一理あるな……なっ、アイ!」 アイはびくりとした。 「うっ! うん! あたしもう、こんなことでけんかしたくない。リノに譲るよ。ねえミランダ」 ミランダもぽかんとしながら、頷いた。 「そっ、そうね! しょうがないから今回はリノにあげる」 リノは満足げに頷いた。 「わかってくれてうれしい。さあ、帰りましょう」 リノはきびすを返した。そのとき地面に、何かが見えた。 黒い仮面だった。 リノは声にならない叫び声を上げながら、ものすごいスピードでそれをすぐに拾ってつけた。 見られた! 見られてしまった! リノはおそるおそる、リブレたちの方を振り返る。 全員、とくにリアクションはない。すぐ後ろのリブレが不思議そうにしている。 「リノ、どうしたの?」 「か、仮面、落ちたわよね」 「うん」 「み、見た?」 リブレは頷いた。 「見たよ。リノの顔」 リノはその場で悶絶しかけたが、リブレはまたしても不思議そうにした。 「リノ、そんなに落ち込まないでよ。呪術は明日またやればいいじゃないか。明日も付き合うからさ」 リノは首をひねった。あまりにも反応が薄い。 「ぐ、グランは?」 「ああっ? 見たけど、それがどうしたんだ? 呪術の件は、悪かったよ。でも魔石の件は、貸しだからな」 全員が自然体だ。 リノは、大きくため息をついた。 なあんだ、他人からすれば、女性のすっぴんなんてこの程度の反応で済むものだったのね。私が過敏になりすぎていたみたい。袋まで被って、ばかみたいだわ。 リノは笑顔で帰途についた。 その夜、王都マグンは、南ゲート周辺。 誰が言うでもなく、五人の男女が広場に集まっていた。 「グラン」 「みなまで言うな。お前に言われずともわかってる。なあアイ」 「うん……」 「ミランダも、わかってるよな」 「あたりまえでしょ、同じ女なのよ……」 全員が、憂いを伴った表情で空を仰いでいた。 グランが、悲しそうに言った。 「今日見たことは、誰にも話さないようにしよう。みんなも、忘れよう……リノの素顔のことは、忘れよう……」 |