Usual Quest
ユージュアル・クエスト

60.「ブーケをてにいれろ」後編

 これから結婚する幸せな二人がドアをあけて現れると、招かれた人々は黙って立ち上がり、バージンロードをあけて祭壇のほうへと集まった。
 ゲレットはジェシカの手を取った。彼の表情は固い。
「大丈夫、ゲレット? がちがちよ」
「も、問題ない」
 ゲレットは小刻みに震えながら笑った。横からそれを見ていたグランはにひひと笑った。
「おっさん、落ち着いて! どうせみんな、あんたの方は見てないよ、気にすんな!」
 どっと笑いが起こる。ゲレットは鬼の形相で振り返った。
「グラン、きさま!」
「誰も否定してないだろ! とにかく、さっさと幸せになってきなよ」
「そうよ」とジェシカ。
「ゲレット、周りのことは気にしないってもう決めたじゃない。はやく幸せになりましょう」
 ゲレットは、小さくため息をついてグランをひとにらみしてから、頷いた。
 彼にもう緊張している様子はない。

「えーと、新郎のくそ野郎、ゲレット・ギラールと……新婦の美人さん……名前は? ジェシカ? ジェシカ……美しい名前だね。おっとゲレット、にらむなよ。それで、彼女の名字は? ハザンライド! これまた美しい……」
「さっさとしろ!」
 ゲレットに殴りかかられると、クロッヴ神父はようやく口上を進めはじめた。
 後方の席にいるリブレは、その様子を見て少し笑ってしまった。
「ほんとに、やる気のない神父だね」
 グランは頷いた。
「全くだ。もっとまじめにやれってんだ。人生ナメてるタイプだな、ありゃ」
 周辺にいた王都の一行はだれもつっこまなかった。

 一方、女たちはジェシカのきらびやかなドレスにあこがれながら、その後のことを考えていた。ところどころで目配せする者もいる。
 ミランダはリノと目があった。
「リノ。今日は真剣勝負よ」
「待ちなさい。まずは二人を祝うのが先よ。こういうことにはきちんとメリハリをつけるべきだわ」
 リノが常識的なことを言うので、ミランダは面食らった。
「そ、そうよね……」
「あの二人、これから幸せになるのよ。永遠の愛を誓い合って……ねえ見てミランダ? この教会、天井まで神聖文字がびっしり書かれているわ。すてきな演出だと思わない?」
「あ、ほんとだ。ぼろっちい代わりに、なかなか凝ってるわね。こういうところでやるのもいいかもね?」
 びり。
 返事の代わりに、小さな音がした。
 ミランダが気づいた頃には遅かった。彼女の着ていた服の胸元が破かれ、乳房がはだけていた。ミランダはとっさに胸元を隠した。
「リノ……!」
 すでに彼女の姿はない。
 やられた。ミランダは歯ぎしりをした。

 リノはこの方法ですでにライバルを四人ほどつぶしていた。見たところ、もう自分にかなう相手はいないだろう。
 残る懸念はアイくらいだが、彼女は先ほどからずっとうつむき加減で、どうも元気がない。おそらくグランに手伝いを断られたのだろう。
 リノはリブレをつついて、先頭まで移動するよう指示する。クロッヴ神父の口上はたどたどしいというか、まるで何かを音読しているかのような抑揚のなさで、進むのが遅い。
 リノはリブレが指定位置にたどり着いたことを確認すると、「フライング3」のスクロールを取り出した。

 フライング3。自分の体を一時的に宙に浮かせる高等魔法。過去にグランが、この亜種にあたる魔法を偶然開発している。魔術師よりの魔法である。

 リノは前回招かれた結婚式で、大人げない必死な魔術師にこの魔法を使われてブーケを逃した。以来、スクロールと参考書を買い込んで必死に練習し、収得した。
 いわば彼女の切り札である。
 今回の面子の中には、グラン以外に魔術師はいない。リノはほくそえんだ。

「誓います」
 ゲレットに続き、ジェシカが言った。クロッヴ神父は残念そうにした。
「ほんとにいいの? ……じゃあ、指輪を交換して、誓いのキスを」
 二人が指輪を交換して唇を合わせると、わっと歓声があがった。
「おめでとうゲレット。それじゃあ、最後にブーケトスだ。さっさと済ませちまいなよ。ジェシカさん、何かあったら優しいクロッヴ神父に相談するんだぜ? 俺はいつでも待ってるからね」
 ゲレットに再三にらまれ、クロッヴ神父はようやく黙った。後ろから、さわやかな貴族風の男が花をもって現れた。
「お二人とも、結婚おめでとうございます。このアホ神父のことは気にしないで。いつもこんな感じだから。どうぞ」
 ジェシカは男からブーケを受け取り、祝福しにきた人々のほうを向いた。
 誰も彼も笑顔だ。
 しかし、彼女も承知だ。これは半分くらい作り物。だが今はもう関係ない。幸せは分けてあげなければ。
 ジェシカは後ろをむき、ブーケを天井に向けて投げた。

 大勢がそれを手に入れようと動きを開始した瞬間、リブレのかんしゃく玉が音をたてた。
 同時に煙が上がり、会場は騒然となる。リノは遠目でそれを見ながらスクロールに手を当て、“理力”を引き起こした。
「もらったわ!」
 スクロールの力を借りて「フライング3」が発動し、リノの体がはじかれるようにして飛び上がった。彼女は一直線に空中のブーケに向かい、手をのばす。

 だが、ひょうという音とともにブーケに矢が刺さり、さらに上空へと打ち上げられた。リノの手は惜しくも空中を掴む。さすがの彼女も驚きを隠せない。
「なにっ!?」
「リノ! 油断したわね!」
 後方から声がした。ミランダだ。
「あんなせこい作戦ごときで、ひるむ私じゃないわ! 胸なんて、好きに見ればいい!」
 ミランダははだけた胸を隠しもせずに弓を構え、二本目の矢を放った。
 ブーケはもう一度矢を受け、今度は会場の奥へと向かう。その先にはすでにロバートがスタンバイしていた。
「ロバート、頼むわよ! どうせあんたには効力ないから無効だわ! しっかりキャッチして、神聖なブーケが汚れる前に私に渡すのよ!」
「よくわからん理論だが、まかせろ!」
 微妙に涙目になりがならも、ロバートはブーケを掴みにかかる。
「うおおおおおお!」
 そのとき。怒声とともに、奥にいた女がテーブルを持ち上げた。リノ、ミランダは同時に叫んだ。
「アイ!?」「アイちゃん!?」
「ブーケは、あたしのもんだっ!」
「ちょ、ちょっと待っ!」
 アイはロバートの制止も聞かず、力任せにテーブルを投げつけた。

 どご、と重い音がして、ロバートは教会の外に吹っ飛んだ。矢の刺さったブーケは、彼の頭に当たって、またふわりと浮かんだ。
 ようやく煙幕がはれたころ、リノ、ミランダを始めとした女性陣は、完全に勝機を失ったことを悟った。
 アイは明るい表情で、ブーケの元へと走る。
 闘いに関して、負けるわけにはいかなかった。アイは騒動が起こることを予測し、様子を伺っていたのだ。
 もう敵はいない。
 アイは、ジャンプして空中のそれをつかんだ。

「やったあ!」
 アイは笑顔でそれを掲げた。……が、反応がない。
 彼女は暗い表情でにらまれることを覚悟していたのだが、リノたちまできょとんとしている。アイは自分の手元を見た。
「……あっ!?」
 アイが掴んだのは、ブーケではなく矢の根本部分だった。あわてて周りをみるが、ブーケは見あたらない。
「ブ、ブーケは?」
 困惑するアイが問いかけると、リノがぽつりと言った。
「アイちゃんが掴む直前に、消えちゃった。ブーケが、消えちゃったのよ」
 全員が頷いた。アイは首をかしげる。
「な、なんで?」
 ミランダもぽかんとしている。
「わからない……けど、外に飛んだのかも! 近くに落ちてたりして」
 ちょっとした沈黙のあと、女たちは外へとむかって猛然と駆けていった。
「女どもめ、祝う気ないな」
 ゲレットがため息をついた。
「そんなこと言わないで。実は私も、あなたに会う少し前に、ブーケを取ったの。だから許してあげてよ、旦那様?」
 ジェシカ・ハザンライド・ギラールはほほえんだ。ゲレットもそれを見て、咳払いをしたあと、彼女に頷いた。
 残った男たちはフラワーシャワーをふたりに浴びせた。
 リブレはおおはしゃぎしながら花をまいていたが、辺りを見渡して、つぶやいた。
「そういやグランのやつ、どこにいったんだ?」

 グランは、教会の外で女たちが走り回り、あきらめて帰ってくるのを、壁によりかかりながら見ていた。
「まったく、どうしようもねえぜ、ブーケなんてよ。それがつかめたら結婚できる、だぁ?」
 グランは、さっき使った“魔力”を回復させるために、薬草の種を取り出して口に放り投げ、汗をふいた。
「冗談じゃねえよ、まったく」

戻る