マグン王国は、王都マグンの衛星都市・マタイサ。 「ハロルドさん、これで終わりです」 リブレは木箱を馬車に積むと、荷物置き場から飛び降りた。グランは水の入った瓶をあけて、リブレに手渡した。すぐ横にいたハロルドは、ざっと荷物の確認をして、二人にほほえんだ。 「いやあ、助かったよ。ふたりとも、どうもありがとう」 わははとグランが笑った。 「このくらいだったら、お安い御用っすよ。それで、賃金のほうは……」 リブレが彼の頭をたたいた。 二人はこの日、郵便局のゲレット・ギラールの斡旋で自警団の荷造りの手伝いをしていた。なんでもモンスター討伐の際に出た魔石を魔具として鋳造するため、リスタルの街まで運ぶのだという。 「それにしても、この木箱全部魔石なんですか?」とリブレ。 「いやいや、そんな景気がよかったら、うちも少しくらいマシな環境で活動してるはずさ。半分以上は壊れた武器だとか、旅用の食料だよ。せっかくだから王都だとかギチートだとか、近辺の街にでも寄って、武器の修理や物資の調達をしてくるつもりなんだ。魔石は木箱一つぶんだけ。ほら、さっきグラン君が運んでくれた青い箱があったろ。あれに入ってるんだ」 「青い箱はふたつ、ありましたけれど」 「片方は石が入っているフェイクだよ。さすがに物騒だからね……おっと、もういい時間だね。そろそろ失礼するよ」 ハロルドはクエスト料を二人に払い、馬車を走らせて出て行った。 グランとリブレのふたりは、普段よりいい報酬に満足しながら、とりあえず王都に戻ることにした。 「おい、あんたら」 二人は街の入り口で、髪を立てた男に声をかけられた。男は青い木箱を持っていた。 「あんだよ、何か用か」 グランがぶっきらぼうに言うと、男は木箱をおろして彼に詰め寄った。 「おまえらだろう、俺の箱をすり替えたのは!」 「しらねえよ。一体何の話をしてんだ、まずはそこから話せっての」 男はそれを聞いてことさら怒りを露わにした。 「箱だよ、この箱!」 男は箱をあけた。中には石ころが詰まっていた。 「これを見ても、まだしらを切るか!」 リブレはそれを見てグランの肩をたたいた。 「さっき積んだ木箱にそっくりだ。グラン、もしかしてこの人の箱と間違えて積んだんじゃないのか」 グランはどうにも居心地悪そうにしている。心当たりがあるようだ。リブレは事情を伝えたが、男はそれを聞いて烈火の如く怒り出した。 「リスタルだって、バカ野郎! なんてことをしてくれたんだ!」 「あ、あの。落ち着いて下さい。間違えてしまったことは謝ります」 「これが落ち着いていられるか! リスタルなんかに行かれたら間違いなくハロルドさんはお縄だよ! あの中には魔石で作った爆弾が入っているんだからな、そうじゃなくても大きな刺激を与えたらその場でドカンだ!」 グランとリブレは顔を見合わせた。 二人は速やかに郵便局で馬を二頭借り、街を出た。 グランは手綱を引きながら、めんどくさそうに肩を回した。 「ったくよ、リスタルと関わるとほんとにろくなことがねえぜ。それにしても、なんであのあんちゃん、魔石で爆弾なんて作ってんだよ! リスタルじゃ見つかったら即逮捕だし、下手したら街がふっとんじまうぜ。バカじゃねえのか」 「文句はあとにしろよ。はやくハロルドさんに追いつかないとまずい」 「んなこと言ったって、アテはあんのか? 俺たちは手伝いをしただけで、話はほとんど聞いてないんだぜ。自警団の連中もわからないって言ってたしよ」 リブレは額に手を当てた。 「確か王都とギチートに行くって話をしていたよな。どこかで待ち伏せすれば、捕まるかもしれないな」 「その間に馬車が爆発する可能性もあるけれどな」 二人は無言になる。しかし、とにかく動くしかない。 まずは一番近い王都に行くことにして、二人は馬を走らせた。 「ハロルド? ああ自警団のだんなか。さっききたところだよ」 武器屋のリッヒ・スタールがあっさりとそんなことを言うものだから、二人は少し拍子抜けしてしまった。 「一発目でビンゴか。この店、売値はぼったくりだけど、買い取りと修理の費用だけは良心的だからな」 リッヒは躊躇せず「だけはよけいだ」とグランの頭を殴りつけた。 「それで、ハロルドさんは今どこに?」 リッヒはあごをなでた。 「たしか、ギチートに行くって言ってたよ。もう出て行ったんじゃないか?」 二人はそれを聞くと、礼を言ってただちに店を出た。 少しして、武器屋のドアが開いた。 リッヒはその来客者に驚いた様子で言った。 「あれっ、だんな。どうしたんだい?」 「はは、すみません。一つ渡すのを忘れたのに途中で気がついて、戻ってきたんです」 ハロルドは恥ずかしげに折れた剣を持ってきた。 「ありゃ、じゃあ行き違いか。リブレとグランの二人が、だんなを探してたよ」 「あの二人が? おかしいな、賃金は確かに渡したはずですが……」 リッヒはそれを聞いて鼻をならした。 「なるほど、あのくずども、あんたの手伝いでもして、さらに金を巻き上げようって魂胆か。だんな、あの二人には気をつけたほうがいいよ。とくにグランは加減ってものを知らないからな。全くアイちゃんときたら、あんな奴のどこに惚れたんだか……。あいつらにはあんたがギチートに行くって伝えたから、別のところから回るといい」 ハロルドは困惑ぎみに「はあ」と言うしかなかった。 二人が自分を探しているからには何かあるのだろうが、こちらにもスケジュールというものがある。ハロルドはそちらを優先することに決めて、リッヒの店を出た。 リブレとグランは、山岳地帯シュージョまでやってきた。ギチートの町は山をこえた先にある。 「おいリブレ、モンスターはいねーだろうな。今バジリスクだとかゴルトーなんかにエンカウントしたら、かなりの確率でアウトだぜ」 「あたりまえだろ。細心の注意を払ってるよ」 「お前のその探知機、たまに狂うから怖いんだよな。こんなことなら王都でロバートあたりに声をかけておくんだったぜ」 「こんなクエスト受けないよ。あいつ、最近活躍してるから。それにロバートの奴、なぜかギチートには行きたがらないんだよね。理由は知らないけれど」 「あいつって、ギチート出身じゃなかったっけ? 何かあるんだろうな。おい、今度だまして連れて行ってみようぜ」 「待てグラン。少し先にモンスターだ。サファイアフライかゴルトー辺りだろう。迂回しよう。幸い、馬でも通れる道がある」 リブレは馬を方向転換させて、別の道を進み出した。グランもそれに続く。 「ほお、サファイアフライだ。久しぶりに見たな」 ハロルドは久々の旅路でのエンカウントを楽しむように、ハンドアクス片手に馬車を降りた。 サファイアフライも敵意のある人間に気づいたらしい。頭の触手をぴくぴくさせて、戦闘態勢に入る。 しかしハロルドほどの手練れを相手に、そんなものは意味をなさない。彼は流れるような連続攻撃でサファイアフライをしとめた。両断された体が溶けてゆき、何も残さずに消えた。 「魔石はなしか」 ハロルドはそれを見て残念そうに言う。サファイアフライの魔石は高値で売れる。ここで一つ手に入れるだけでも、団員たちの新しい武器がいくつか買えるだろう。 時間はないが、このチャンスにせめてもう一体くらい狩れないものだろうか。 そう考えながら馬車に戻ると、荷台の中から光が見えた。 「こいつは渡りに船だ」 ハロルドは荷台まで駆けていく。すると、案の定サファイアフライの体が薄く発光していた。さっきの戦闘の間に一体入り込んでいたようだ。 ハロルドはハンドアクスを握り、荷台の中へと入る。サファイアフライは室内をぴょんと跳ね、自分の光と同じ色の青い木箱の上に乗った。 「よーし。そのまま、そのままでいろよ。どうか魔石を頼む」 ハロルドはすり足で木箱に近づいてゆく。 サファイアフライに動く気配はない。 ハロルドは斧を振り上げた。慎重に目標を定め、振り下ろす。 「うおっ!」 斧の切っ先がサファイアフライと木箱に達しようとしていたその時、馬が悲鳴をあげた。ハロルドは攻撃をぴたりとやめ、外へと出る。 すると、馬が大きなモンスターに襲われそうになっていた。 「ゴルトーか! やめろっ!」 ハロルドはゴルトーに向かって大きな声を出して威嚇する。ゴルトーは突然の人間の登場に驚き、後ずさりを始める。ハロルドが馬車を降りようとすると、どうやら勝てぬ相手とわかったらしく、ゴルトーはすごすごと逃げていった。 ハロルドはほっと息をつく。馬がやられてしまったら元も子もない。 「あっ」 思い出して振り返ったときには、サファイアフライはいなくなっていた。 「くそ。しかし、色気を出して油断した私も私だ。もうモンスター狩りはやめよう」 ハロルドは手綱を引いた。 山岳地帯の裏側、ギチートの町にたどりついたリブレたちは、入り口の門周辺に馬を止め、ぎしぎしと音をたてながら動く大きな木製の滑車を見ていた。 「すごいね、あれ。何メートルあるんだろう」 リブレは額に手をあてた。グランも関心している。 「俺も初めて見た。確か山の鉄とかを掘ってるんだよな。王都にあんだけ武具工房が集中するのもわかる気がするぜ。案外こっちの方がうまいクエストも多かったりして……」 「かもな。いっそ移住するかい?」 「でも山で力仕事ってのはゴメンだな」 「俺も、こんな城壁もないような町じゃ眠れそうもないや。よくこんなところで暮らせるなあ」 「それはお前だけだ。ここには王都騎士団の詰所もあるんだろ、マタイサ以上に安全なはずだぜ」 「うるさいな。……とにかく町にはいないみたいだし、ここで待つことにしようか」 二人は他愛のない話をしながら一時間ほど待ったが、ハロルドの馬車は通らなかった。 「どういうことだ、もしかして予定を変更したのか?」とグラン。 「リッヒさん、確かにギチートって言ってたよね」 「はあ? 俺に聞くな。適当に聞き流してたから覚えてねえよ。リブレがそう言ったから来たんだぜ」 「おい、聞いてなかったのかよ。確かに言ったよ」 「リブレがそう思うのならそうなんだろ」 「おい、その言い方だと間違っていた時、俺のせいみたいになるだろ! 汚いぞ。元はといえばお前が木箱を間違えたのが発端なんだぞ!」 「うっるせえな。俺は正直こんなのどうでもいいんだよ!」 「あー! こいつ、ついに言ってしまったよ! ハロルドさんに言いつけるからな」 「好きにしろ。その前に爆発してなきゃいいがな!」 口げんかをする二人は、騎士団の大きな馬車に隠れて通るマタイサ自警団の馬車に気づかなかった。 三時間ほどして、リブレが立ち上がった。 「これだけ待って来ないってことは、リスタルに向かったと考えるのが妥当だろうな」 「ちっ、気が進まねえな。爆発した様子はないし、爆弾は失敗作だったんじゃないか?」 「かもな。でもリスタルで見つかったら、ハロルドさんは捕まってしまう。グラン、今からでもあの大きな馬車よりは早くリスタルまでたどりつけるよな?」 グランはだるそうに言う。 「知らねえよ……でも少なくともヨーイドンなら圧倒的に早いし、近道を使えば今からでも暗くなる前には到着できるはずだ。ハロルドさんだって、その前に着いておきたいに決まってるはずだぜ。なんせ魔石を積んでるんだからな」 二人は馬に乗り、再び山岳地帯へと入っていった。 その数分後、ハロルドの乗った馬車がゲートをくぐった。 「さて、資材も調達できたし、急いでリスタルに向かわなきゃな。暗くなったら面倒だ」 「おい、おいおい! リブレ! リブレ・ロッシさんよー!」 馬に体をゆすられながら、グランは大声をあげた。隣を走るリブレは苦々しい顔をしながら、何も言い返さない。 「聞いてねえぞ、この野郎。てめえ、またレーダーがイカれたんじゃねえのか!」 グランが怒るのも無理もないことだった。 二人の走る山道に、霧がかかってきたのだ。 グランが罵詈雑言をぶつけていると、ようやくリブレが口を開いた。 「わかってるよ! 近くに精霊がいるのは確かだし、俺のレーダーが利かなかったのも事実だ。でも、大丈夫だよ。こっちには気づいてないと思う」 「思うだけだろ。どうすんだ、馬に乗ってる今エンカウントしたら、まさしく終わりだぜ」 「うるさいな、集中を乱さないでくれ! 正確な位置がつかめないじゃないか」 リブレは馬に乗りながら、脂汗を流している。グランも悪口を言うのをやめて、とにかく馬を走らせる。しばらくして、リブレが再び声をあげる。 「わかった、南だ。見ろ、すぐ先に都合よく道ができてるから、そこで切り返そう!」 「了解!」 二人は手綱を引き、馬をカーブさせる。 その時。彼らの目の前に、突如として馬車が現れた。 「どわっ!」 グランは腕をクロスして“魔力”を練り、馬をびょんと飛び上がらせて馬車をかわした。さっきまでグランがいたリブレのすぐ真横を、馬車が猛然と進んでゆき、霧の中へと消えた。グランはひゅうと口をならした。 「あぶねえ。霧で全く見えなかったぜ。それにしても運の悪いヤツだな、精霊のいるほうに向かっていったぜ」 「なあ今の……」 リブレがぼそりと言う。グランもちょっと考えて、「あっ」と叫んだ。 「ハロルドさんの馬車だ!」 同時に、リブレが何かに気づき、ばっと道の先をみる。 「うわっ、グラン! 戻れ! さっきの道を戻れ!」 「なんだよ、精霊に殺されろってのか?」 「違うよ! 死にたくなかったら逃げろ、オーガが来てるんだ!」 グランは口をあけて顔をひきつらせた。 オーガがこちらに向かって走ってくる。 |