Usual Quest
ユージュアル・クエスト

5.「グラン、参考書を探す」

 王都マグンは、南ゲートから道具屋の角を曲がったサン・ストリート。
 このストリート内にはぼろ小屋が立ち並び、マグンの景観を多少悪くする原因となっている。
 その中のひとつに、グラン・グレンは住んでいる。

 グランはテーブルに座って、読書に耽っている。読んでいるのは、魔術の参考書である。
「……ここで魔力≠圧縮する課程でのコントロールは、練りだした魔力≠ニ相対するだけの魔力≠、重ねあわせることが必要となる。つまり……」
 グランは小さな声で本の内容を音読している。彼はわからないところがあると、そこを声に出して理解しようとするくせがある。
「なるほどな。ばっちりだ。スゲーぜ、この参考書。あとは魔力≠フディレイ係数さえ理解すれば、はれて『陽炎』の完成だぜ」
 魔術師は新たな魔法を覚えるために、理論などの勉強をする必要がある。そのほとんどが体系化されており、新たに何かを作りだそうとしなくても、売られている参考書を読むことによって魔法を得ることができる。
 しかし、グランはそれを応用して、オリジナルの魔法を作ることをライフ・ワークとしていた。おかげで基本の魔法すらほとんど覚えておらず、使えるのはみょうちきりんな物ばかりというていたらくだ。
 基礎を学ぶことこそが、新たな近道であることを、理解していないわけではない。
 ただ、自分勝手で、人のまねをしたくないだけなのだ。

 グランは索引をめくり、「ディレイ係数」のページを開いた。
「えーと……ディレイ係数については、おいおい、なんだよ。ミラルド参考書・別冊第四十五集を参考されたし、だぁ? 表現が重複してんだよ! くそ本め!」
 グランは本を投げ捨てると、がちゃがちゃとやかましい麻の袋をとりだした。
「ひーふーみー……手元にあるのは二万ってとこか」
 ミラルド参考書・第四十五集の定価は一万八千ゴールドである。
 よし、なんとか足りる。
 グランは家を出た。
 
 グランはサン・ストリート内にある古本屋に入った。彼が読んでいた第四十四集も、ここで買ったものだ。
「グランじゃないか。今月の『モラトリアム』読んだか? マリドが死んだぞ」
 グランに声を掛けるのは店員のジョセフ・マルティーニである。
「違う、今日はそれじゃなくて参考書を探しに来たんだ」
「へえ、おめずらしいことで」
 グランは「ミ」の段からハイ・ウィザードのミラルド・スティングスが著した本を探した。
「あった」
 ミラルド参考書の欄は、ところどころが抜けている。
 グランはそれを見ていく。一、四、八、九、とんで十五、二十四、四十二、……五十五。
「ちっ、ひでえ品ぞろえだ。じゃあな」
 グランは店を後にした。
 が、数秒後に戻ってきた。
「なんだよ」
 ジョセフは面食らっている。
「おい、マリドが死ぬって、聞こえたんだけど。俺まだ今月の『モラトリアム』読んでねえんだよ! なんてことしやがる!」
「おや、そりゃ申し訳ない。ついでに言うと、神器が暴走してリキュールは再起不能になっちまったんだぜ。これで読む必要がなくなったな。来月に続く」
「おい、こら」

 ジョセフから慰謝料として『月刊メリッサ』をせしめたグランは、東ゲートの方向へと向かった。
 東ゲート方向はもっぱらランサーたちの溜まり場になっている。グランはここがあまり好きではなかった。
「おや、そこにいるのはグランじゃないのかい」
 彼に近寄ってきたのはアイ・エマンドだ。 
 なにかにつけて関わってくる奇妙な女だ。というのが、グランが持つ彼女への印象である。
「なになに、あんたがここに来るなんて珍しいじゃないのさ」
 アイはもじもじした。
「気持ち悪いな。くねくねすんなよ。おまえに用はない。じゃあな」
「なにさ、なにさ! あたしだって、用なんかないもんね!」
 だったら、なぜ近寄ってきたのだ。

 グランは立ち去った。
 が、引き返してきた。
「どうしたんだい」
 アイは不思議そうな顔をしている。
 グランは本をアイに投げ渡した。
「やるよ。確かおまえ、それ読んでたよな」
「『月刊メリッサ』! グラン、どうして知ってるわけ」
 アイは真っ赤になった。
 彼女はこれを読んでいることを、他人には秘密にしていた。というのも、内容が、内容だからである。
「いや、実は知らねえ。ジョセフの店から適当にかっぱらってきたんだ。いらねえからやるよ」
 グランは今度こそ去っていった。
 アイはその本を、抱きしめるようにしてしばらく呆然としていた。

 東ゲート付近の本屋は、大きさ、きれいさ、そして品ぞろえ。ジョセフの店とはなにもかもが比べものにならなかった。
「やっぱり、参考書を探すならこういうところだな」
 グランは満足しながら「ミ」の欄を見た。
 ミラルド参考書は、ずらりと並んでいる。
「よしよし」
 横から見ていく。
 一、二、三、四、……四十。四十一、四十ニ、四十三、四十四。
 四十六。
「おい!」
 グランは思わず叫んだ。
「書店ではお静かに」
「おい、ねーちゃん! ミラルド参考書の四十五集がねえぞ!」
 書店の女性は眼鏡のずれを修正した。
「ああ、今さっき売れました」
 グランはとぼとぼと店を出た。
 ついでに、この女性のナンパにも失敗した。
 
 それからグランは二件の書店を回ったが、なんという運命か、第四十五集だけが、見つからなかった。
「なんで、こういう時に限ってねえんだよ」
 いらいらするグランに、さらなる悲劇が訪れた。誰かが強烈な勢いで彼と衝突したのである。
「痛えな、殺すぞ!」
「うわああ、すみません、ほんとすみません……って、なんだグランか」
 起きあがったのはリブレ・ロッシだった。
「なんだじゃねえだろ、リブレ! いきなりぶつかって来やがって、もうゆるさん!」
 グランは腕をクロスした。リブレは手を掲げた。
「おい、ちょっと待てって! こんなことしてる場合じゃないんだ」
「安心しろ、一瞬でお前を灰にしてみせる」
「待て、本当に緊急事態なんだ。マリーちゃんが、今日、ただなんだ」
 グランは魔力≠練るのをやめた。
「なに?」
「マリーちゃん、失恋したらしくてさ。もう今日は誰でもいいらしいんだ。お前も急げ、きっとかなりの人数が道具屋に走ってる!」
「バカ野郎! もっと早く言えよ、そういうことは! 貴重な時間をロスした、急ぐぞ!」
 二人は道具屋に走った。

 
 三日後、グランは東ゲート付近にやってきた。
「いけねえいけねえ、リブレのバカのせいで、すっかり忘れてたよ。今日こそ、第四十五集を獲得だ」
 本屋へと歩いていると、ある男がやってきて声をかけられた。
「すみません」
「なんだい、急いでるんだけどさ」
 すると、男は困った表情でグランを見た。
「わたし、クエストをできる人を探しているんですが」
「じゃあ、その辺の酒場にでも行けば。ランサーが山ほどいるからさ」
 グランは無視して行こうとしたが、男とぶつかった。勢いで彼の財布が落ちて、中から金貨が山ほど転がった。男はそれをあくせくと拾いだした。
「ひどい人だ。わかりましたよ。それじゃあそこの酒場に……」
「今の話は、嘘です! ランサーなんて大した連中はいません。ここは私、グラン・グレンにおまかせを。どんなクエストをご所望です」
 男は怪訝な表情をした。
「あなた、急いでるんじゃ?」
 グランはにこにこしながら手をもんだ。
「ぜんぜん。わたしは、困っている人を見ると助けずにはいられないのです」
 男は咳払いをした。
「……そうですか、では、エンカウントを防止できるような熟練の」
「剣士ですね! いますいます。この先南に向かった先のサン・ストリートの酒場に、リブレ・ロッシさんっていう超強い剣士がいて、もう、どんなモンスターでも一刀両断。おまけに勘もよくて……」


 その三日後、グランは唐突に参考書のことを思い出した。
「ああ、そういえば忘れてた」
「なにをだよ」
 リブレが聞いた。
「ま、いいか。おい、そろそろさっきのかわいいプリーストが来るころだぞ、音をたてるなよ」
 グランたちは覗きを再開した。

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