グランとハロルドの二人は、高台のあるゲートの下までやってきた。あたりはすっかり暗くなっている。 「方角は、どっちだ」 ハロルドが高台に声をかけながら魔力≠ナ光をおこすと、上方でたいまつの光がゆらゆらとゆれるのが見えた。 ハロルドはしばらくそれを見てから、また手のひらを光らせた。マタイサ自警団では、こうして夜間での連携を取っているのである。 「方角は南、五百メートル先に、シェイムが五匹。グラン君、火炎魔法は使えるか」 「ええ」 「よし。私が前衛をするから、一気にやっつけよう。魔法を使うときに合図をくれればいい」 グランは少しばかり困惑した。 「こ、ここからはモンスターは見えないですけど。ひょっとしたら、こっちまでこないんじゃないですかね」 「だからと言って、放っておくわけにはいかないだろう。それに、残念ながら奴らはこちらに向かっているそうだ。害意のあるなしに関わらず、モンスターは追い払うか始末する。これがうちの方針だ」 グランはあてがはずれたと後悔したが、相手は火炎魔法の苦手なシェイムだし、かつては騎士団と共闘してオーガを倒したこともあるマタイサ自警団のハロルド・ヘイズが前衛をしてくれるのだ。もしかしたら魔法なんて使うまでもないかもしれない。 戦いはこの人に任せて、こっちは適当に一生懸命やっている雰囲気を出せばいい。グランは決心して魔力≠練り、手のひらから照明代わりの炎の玉を出した。 一方、留守番を申し出たリブレは、ミゲルの様子を伺いながら部屋の片付けをしていた。 「グランの奴、なんであんな顔してたんだろうなあ」 リブレは、ミゲルの寝顔をのぞきながらふと思った。彼に友達がいないと聞いた時、なぜかいらだたしげに歪んでいたグランの顔。 友達がいないということが、そんなにも許せないのだろうか。 グランはいつも、根っこの部分をはぐらかす節がある。口や頭の回転ではかなわないので、リブレもとくに追及はしないようにしている。リブレもリブレで、家族のことを何も話していなかった。 誰だって隠しておきたいことはあるだろうし、言われたくないことだってある。 そうやって納得していた。 「んん」 そのとき、ミゲルがベッドでうなった。リブレはびくりとして、彼を恐ろしげに注視する。が、何も起こらない。 「なんだ、寝言か」 リブレがほっとしたのもつかの間、ミゲルがベッドから起きあがった。 「ああ、よくねた。リブレ、グランとハロルドはどこにいった」 「ぼ、ぼっちゃん、お目覚めで。二人はね、ちょっとモンスター退治に……」 ミゲルはそれを聞いて瞳を輝かせた。 「えっ、ほんとに? ここにいる間、一回もそんなことなかったのに。モンスターがやられるところが見たいな。リブレ、ぼくをそこまでつれていけ!」 リブレはしまったと思った。モンスターが一週間も現れないわけがない。きっと彼には知らされていなかったのだろう。 「あの、ぼっちゃん、ごめんね。今のは、えーと、その、うそっぱちなんです」 言っている間に、ミゲルはベッドを飛び出した。 「さあ行くぞ! ぐずぐずしてるとおいていくからな!」 「あっ、ちょっと!」 リブレはそれを追う。 「よし、いたぞ。照明を消してくれ」 グランとハロルドは、街道から少し外れた草原でシェイムの群れを見つけた。 「グラン君、魔法で陽動してくれないか。あちらに誘導できればベストだ」 ハロルドは町とは逆の方角に指をさした。 「ハロルドさん、さっき光の魔法を使ってましたよね。あれでやればいいんじゃないですか?」 「私は素人だからね。さっきみたいに合図するくらいが関の山で、とばしたりはできないんだよ。だから頼む」 グランはしぶしぶ了解した。 「じゃあ『光炎』をあっちに撃ちます」 「え、なんだって?」 「……『光炎』をあっちに」 「こう……えん、って?」 ハロルドが真顔で聞くので、グランは赤面して咳払いした。 「『ライトニング2』、いきます。ちょっと癖が強いので、驚かないように注意してください」 グランは腕をクロスさせて魔力≠練った。 「『光炎』」 右手のひとさし指から放たれた「光炎」は、光の筋を残してシェイムの群れの上空を通過していった。シェイムたちはそれを目で追った。 「よし、うまいぞ。このままあれを追ってくれれば」 その時、突如として光の穂先がはじけ、大きな爆発を起こした。 シェイムたちとハロルドは思わず大声をあげた。 「おいグラン君! どうして『ライトニング2』が爆発するんだ!? 死ぬほどびっくりしたぞ!」 グランは言いにくそうに目をそらした。 「……えーと、あの。俺のオリジナルで、飛んでいった光が大爆発するっつー、チョッピリ、芸術性を高めた魔法なんです」 ハロルドは苦笑した。 「……なるほど。発想はおもしろいね。だが今ので、ぼっちゃんを含むマタイサの住人はみんな起きただろうな。できたらふつうの奴を頼みたかった。おかげで、ほら見ろ」 まだ明るさの残る草原の中で、シェイムたちがこちらに進んでくるのが見えた。どうやらさっきの爆発を見て、進路を変えたようだ。 ちなみに「ふつうの奴」は、グランには撃てない。 「こうなれば、道は決まったな。私が前衛だ。合図を頼むぞ。今のはもう、使わないように」 ハロルドは剣の柄を握って駆けだした。グランは狼狽する。 「あっ、ちょっと待って! この魔法には、続きが!」 言い終わる前に、同じ場所からさっきよりも数倍は大きな爆発が起こった。 ハロルドは目の前のシェイムに集中していたのが災いしたのか、肩をびょんと跳ねさせて倒れてしまった。 「えーと、ハ、ハロルドさん……?」 ハロルドは仰向けになって目をひんむいている。完全に気絶してしまったようだ。グランはとたんに青くなる。 「や、やべえ。ちょっと、ハロルドさん! 起きてくれよ!」 グランは彼を必死に揺すったが、しばらくは意識を取り戻しそうにもなかった。 グランはモンスターの声を聞いて、視線を上げる。シェイムたちもあまりに驚いたのか、何匹かはハロルドと同じく倒れている。しかし、まだ二匹がこちらに向かってきていた。 「くそっ、まいったな。逃げるか……?」 だが、そんなことをしてモンスターを町まで入れてしまったら、ゲレットやハロルドになにを言われることか。 そんなことを考えている間にも、シェイムはこちらに接近する。 ひとりで倒すのはリスクが大きい。なんとか逆方向に誘導しよう。 「よし。こっちだ、きやがれザコども!」 グランは背を向けて走り出した。シェイムはそれを追いかける。 幸い、シェイムはそう足も速くない。グランは逃げながら少しずつ方角を変え、町とは逆方向に進んでいく。 「よっしゃ、よっしゃ。こんなもんだな」 グランは息を切らして立ち止まった。遠目にシェイムが見える。 あとは、「陽炎」で姿を消してしまえばいい。 そう思った時だった。 「あっ、見つけたぞ、グラン!」 聞き覚えのある声にグランは振り返った。 「げっ、ミゲルじゃねえか! どうしてこんなところに」 「さっきの爆発は、やっぱりグランだったんだな。モンスターをたおすんだろ。見にきてやったぞ!」 ミゲルは偉そうに胸を張ったが、その声にシェイムが反応した。 「バカ、すぐに逃げろっ!」 しかし遅かった。シェイムはミゲルを標準に定め、攻撃動作に入る。 ミゲルはそれに気がついて、恐怖に顔をゆがませた。 「うわっ!」 グランは舌打ちしながら、地を蹴った。 ミゲルは衝撃を受けたあと、しばらくして起きあがった。 体は少し肘をすりむいた程度で、なんともなかった。 「あっ」 だが、目の前に立っているグランは、シェイムの攻撃を受けて、地面に血だまりを作っていた。 ミゲルはすぐに理解した。グランが守ってくれたのだ。言葉が出なかった。 「……バカたれが」 グランは力なく言ったあと、血だらけの左腕で魔力≠練る。 「グ、グラン!」 グランは叫び声を上げて火炎魔法を放った。シェイムの一匹が炎上する。 グランは膝をついた。残ったシェイムがつたを伸ばして、彼をねらう。 そこに、草むらをかきわけてリブレが現れた。彼は二人を見てすぐにはっとすると、ナイフを取り出して投擲した。 後ろから攻撃を受けたシェイムは、ターゲットをリブレに切り替えて振り返った。リブレはグランを心配そうに見つめながら、シェイムを別方向に誘導しはじめた。 「グラン、グラン。大丈夫」 ミゲルは泣きそうになりながら、グランを揺する。グランはその場に座り込んだ。 「黙れ。こんなんじゃ、死んだりはしねえよ」 グランは右腕を見せた。えぐられたような傷からひどく流血しているが、外傷はそれだけだった。 「あの、その」 「おっ、もしかして謝るのか?」 ミゲルはそれを聞いて彼をきっと睨みつけた。 「ぼくだって、それくらいできるぞ。悪かったな」 グランは、彼の胸ぐらをつかんだ。 「偉そうにすんな。気に食わねえんだよ。おまえ、勘違いしてんじゃねーぞ」 「な、なにが勘違いなんだ。ぼくにひどいことをしたら、パパが黙っていないぞ」 グランはとうとうミゲルの頬を思い切り殴りつけた。 「それだよ。親父抜きでなにもできねえ奴が、吠えてんじゃねーよ。おまえ、分かってないだろ。ひとりぼっちなのも、そのせいだぞ」 ミゲルは尻餅をつきながらいまにも泣き出しそうだったが、グランの言葉に衝撃を受け、それを忘れたようだった。 「おまえの父親は、そりゃ、すげえのかもしれねえよ。俺だって聞いたことあるよ、かつては国じゅうで名を馳せた伝説の商人カジェ・マタイサのことはよ。でもおめーは、カジェじゃねえ。息子のミゲル・マタイサなんだ。おまえは、それがなかったらただのガキなんだぜ。もちろん……母親のことは、納得いかねえよな、残念だよな。でもよ、それがおめーの運命なんだよ。死んだ人が、悲しむと生き返るのか? だからいつまでも駄々こいてんじゃねえ」 ミゲルは大声でどなった。 「今日初めて会ったおまえなんかに、なにがわかるんだよ!」 「わかるよ。俺の親父も、リスタルの偉い人なんだぜ。おめーと一緒で、母親も小さい頃に死んだ。ほとんど、同じなんだよ。お前と俺は」 「えっ……!」 ミゲルは目を見開いた。 「俺もよ、ガキの頃は自分も偉いんだって勘違いしてた。でも、そのままでいたら、いざというときになにもできなかった。ただの偉い人の息子であるってことに寄りかかりすぎて、俺自身ってものが何にもなかったんだ。そんで、今のお前みたいに、他人に迷惑をかけて……今はこんなていたらくさ」 ミゲルは言葉を詰まらせた。 「だから、てめーに忠告してやってんだ。俺みたいになるなよってな」 「おまえみたいになんかなるもんか」 「いや、なるよ。このままだと、絶対にな」 「ならないよ!」 ミゲルは立ち上がって、グランに肩を貸して起きあがらせた。 「グラン、大丈夫か!」 そこに、シェイムをうまくまいたリブレが駆け足で戻ってきた。 「よう。この通り、余裕だぜ」 「おい、血だらけじゃないかよ! 珍しく無理したなあ。ハロルドさんはどこに行ったんだよ」 「ああ、その辺で寝てる。モンスターに食われてなきゃいいな」 グランはリブレから薬草を受け取って言った。 「あと、ぼっちゃん! だめですよ、外に出ちゃ。夜は危ないんだから」 「あーリブレ、その辺にしといてやれ。このバカぼっちゃんには、俺からきつく言っといたからよ」 ミゲルはリブレとグランの足を思い切り踏んだ。二人は叫びながらぽんぽんと片足ではねた。 「いてえな! それが命の恩人にすることか!」 ミゲルは表情を押し殺してうつむいた。 「もう、ぼくのことを『ぼっちゃん』って呼ぶな。ぼくは、ミゲル・マタイサだ……。ひとつ、たのんでもいいか」 リブレは涙目になりながら首をひねったが、グランは満足げににやりとした。 翌朝、マタイサ自警団団長のエネリッド・ベンソンと町長のカジェ・マタイサは自警団の事務所まで戻ってきた。 「視察、おつかれさまでした!」 ハロルドが礼をすると、後ろに並ぶ自警団のメンバーたちも彼に倣った。エネリッドはその様子を見てわははと笑った。 「固い固い。こういうときは、適当におつかれでいいんだよ、ハリーちゃん。団員をわざわざ並ばせんなって。お前ら、仕事に戻りな。夜警明けの奴はもう帰ってもいいからな」 しかし、ハロルドは頭を下げたままだ。 「……おつかれさまです」 「やれやれ、相変わらずだな。自警団はグンタイじゃねーんだぞ。いやーひどかったな、あの国のグンタイって奴は」 「まあまあ、その辺でいいじゃないか」 カジェはエネリッドの肩をたたいた。 「それで、ミゲルはいるかい」 「はい」 ハロルドが合図すると、別の団員に連れられて、ミゲルが現れた。カジェは久しぶりに見る息子の顔に、いとしさを覚えて手を広げた。 「おお、ミゲル! パパだぞ、さあこい!」 しかし、当のミゲルは憮然とした表情で、てくてくと歩いていった。カジェは首をひねる。 「どうした、ミゲル。飛び込んでこないのか? いつも、やってるじゃないか」 「あんなの、卒業だよ。パパ、もう帰ろう。ハロルド、一週間どうもありがとう」 ミゲルはしれっと言って、一人で家へと向かっていった。カジェはその様子に驚きを隠せない。 「どうしたんだ、ミゲル!? 何かつらいことでもあったのか? パパに言いなさい」 「ないよ。何もない。ぼく、早く帰って勉強したいんだ。急いでよ」 ミゲルは歩いていった。カジェはそれを追う。 エネリッドは「やっぱ親バカだな」とつぶやいたあと、ハロルドに言った。 「なんだい、あのぼっちゃん。礼なんて言うの初めて見たぞ。こないだまでとまるで別人だ。お前のくそまじめがうつっちまったのか」 ハロルドもうなった。 「それなんですが、私にもよくわからないのです。昨晩から、みょうに静かになりまして……。あと、今後は『ぼっちゃん』と呼ぶと怒りますので、ご注意を」 「へえ。そりゃますます興味深いな。しかし、いい目をしていた。何か、あったんだろうな。お前にはわからないような、何かが」 ぼくはまだ、偉くない。 ぼくはただの、ミゲルなんだ。 ミゲルは決意を固めていた。 グランがなるなと言っていた、グランみたいにはならない。 でも、昨日見た、初めてできた友達のようになりたい。 |