Usual Quest
ユージュアル・クエスト

33.「聖剣伝説・2」後編

 次の朝、寄り合い馬車がリスタルの町にたどり着いた。
 町に降り立ったグランとリブレのふたりの足取りは重かった。
「巻いたみたいだな……昼のうちは見えないところを見ると、とりあえずは安心だ」
「ちっ、ここには来たくなかったぜ」
「しょうがないだろ。もう隠れられるところなんてこの町くらいじゃないか」
 グランは頭をかいた。
「ったくよー、いつまで逃げなきゃならねーんだ。とりあえず、リスタルの魔法障壁に期待するしかねえな。今日のアテはあるから、安心しろ」

 ミレーヌ・グレンは久しぶりに見る弟の顔に驚きを隠せなかった。
「えーと、まあ、それでだな。魔法学の勉強も兼ねて、きょうはリスタルまで見学に来たんだ。リブレは知ってるよね? 彼は好奇心旺盛でね。町を回るだけでも一日かかっちゃいそうだから、一晩だけ泊めてほしいんだ」
 グランはたどたどしい様子で、彼女の家にたずねた理由を説明した。リブレはいちおう名前を名乗って、ぎこちなく礼をした。
 「偽りの教室」の一件についてはまあいいとして、ミレーヌはいっしゅんで、彼らがやってきた理由を嘘と見抜いた。
 異様なまでに泥で汚れた二人の足下、そして服。王都から歩いて来ても、よほど天候が悪くなければこうはなるまい。なにより、みょうに疲れきった彼らの様子を見て、彼女は確信に至った。
「別に、いいけれど」
「ほんとか? さっすが姉貴」
 ミレーヌは手で言葉を遮った。
「本当のことを言いなさい。見学なんかうそなんでしょう、グラニール?」
 グランはため息をついた。
「やっぱ、わかっちゃう?」
「ばればれよ。あなたがそんなことくらいで、ここに帰ってくるわけがないもの。よほど困っているのでしょう。相談に乗るわ。入りなさい。実家には黙っていてあげましょう」

 グランは素直に、ここまでやってきた理由を話した。
 ミレーヌは、はあ、と息をもらした。
「要するに、その精霊さまから逃げてここまで来たわけね」
「あいつが、さっさと諦めてくれればいいんだけどね」
「ばかおっしゃい。これはきっと特別なことですよ。精霊についての研究はリスタルでも行われているけれど、制裁を与えること以外の理由で人間を求めて寄ってくるなんてことは、普通ないはずだわ」
 グランは鼻をならした。
「だからって、なんで俺たちなんだ?」
「それは……認めたくはないけれど、選ばれたってことでしょう」
 グランはここで、ようやく気づく。
 そういえば精霊は、聖剣を持ったマミーに雷を落とした。そしてそのあと……。
「そうか! なんで気がつかなかったんだろう。あの時いたのは、リブレ、俺、アイ、リノ、あと商人のなんとかっておっさんの五人だ。あいつらではなく、こちらを追ってくるのは、聖剣を握ったのがリブレだからだ」
 リブレはいっきに青ざめた。
「ちょ、ちょっと待てよ! まさか追われてるのが俺ひとりだって言うのか」
 グランは頷いて、安心した様子でのびをした。
「いやー、まさにくたびれもうけだったなあ。リブレ君、がんばってね」
「待て! それで実はグランも、なんて可能性もないわけじゃない」
「リノたちが追われてる様子はあったか? そんな噂は? 全く聞かないよね」
 リブレはぷるぷると手をふるわせた。グランは立ち上がり、ミレーヌを見る。
「姉貴、俺帰るわ」
「待ちなさい、グラニール。彼はあなたの生徒なんでしょう? それを見捨てるだなんてことをしたら、グレン家の恥さらしです。私は実家に訴えることになるでしょうね」
 今度はグランが青ざめた。
「勘弁してよ。じじいに殺されちまう」
「それに……『彼』だったら、どうするでしょうね?」
 グランの表情が固まった。彼はしばしの沈黙のあと、舌打ちをした。
「今夜、帰るよ」
「グラニール!」
 グランは振り返った。
「早とちりしないでよ。リブレも来い。女神と直接対決だ。二人でだまかしてやろう。異世界なんてごめんだぜ」

 その夜、二人はミレーヌの家を出て、リスタルの大通り沿いを歩いていった。王都と比べると、リスタルの夜は奇妙なほど明るかった。
「まるで、夜明け前みたいだね」
 リブレが天をあおいだ。
「魔法障壁だよ。王都にも、メーンストリートには外灯があって、けっこう明るいだろ。あれをでかくして、平べったく伸ばしたようなもんさ」
 俺は嫌いだがね、とグランは空を睨んだ。
「それで……精霊を説得する方法は、思いついたのか?」
「たまには、おめーも考えろっての。でも、思いついたぜ。こないだのホモの件と同じだ」
 リブレは眉を下げ、涙をこらえるようにしながら無言でうつむいた。
「お、おい。あれは自業自得だからな。今度はうまくやれよ。それに、今回は単純だ。悪人ヅラして、おまえの世界をめちゃくちゃにしてやるとか、とにかくあいつが諦めてくれるようなでまかせを言いまくるんだよ。リブレは適当に、俺に合わせてくれればいい」
「わかった。いつも悪いな、グラン」
「いいってことよ」
 どうせ失敗しても、連れて行かれるのはお前だけだしな。

 二人がゲートを出ると、すこし先の街道の開けたところで、ぼんやりと光ながら浮遊する物体が見えた。
「案の定だな。よっしゃ、一発かましてやろうぜ」
 グランがリブレの肩に拳を突いた。リブレもそれを返す。二人は光の方向へと歩きだした。

『おお、おお……』
 二人が近づくと、光もふわふわと近づいてきた。二人はその中に、美しい女性の顔を見て取った。
「久しぶり、女神さま」
『やっと見つけた……。ジャグアスの勇者よ。さあ旅立ちの時です。邪神を倒し、この四百年に渡る闇の時代を終焉させるために、私の世界へと』
 女神が早速輝きをまして何かをしようとしたので、グランはあわてて手をふった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! リブレはまだ行かない。というより、行かないよ」
 女神はグランを一瞥した。
『なぜですか』
「俺たち、ワルだからさ。とくにリブレなんて筋金入りさ。きっとこいつが行っても、女神さまの期待には答えられないな」
 グランはリブレを見て、あごをつきだした。
「そっ、そうそう。悪人なんですよ、俺たち。すっごく悪いんです。邪神より悪いかもしれないよ」
「もしかしたら、リブレは邪神とやらに寝返ってしまうかもしれないなあ。あんたのことはよくわからないけど、邪神とはすごく気が合いそうなんだってさ」
 しかし、女神は輝きながらほほえんだ。
『心配ありませんよ。この世界から抜けるということは、すなわち転生して新しい生命となることを意味します。今のあなたたちの魂にきざまれた記憶や性格も、勇者としてふさわしいものに作り替えられることでしょう』
 グランは思わず「えっ」と口走った。この女神、「あなたたち」って言いやがった。
「あの、勇者ってこいつのことだけじゃないの?」
 グランはリブレを指さした。
『確かに、勇者として選ばれたのははその剣士ですが、あなたたちからは絆を感じるのです。魔術師のあなたも、特別に許可しましょう』
 グランの額から汗が流れた。この行動は完全に裏目だった。
「そ、そんなこと言われてもなあ。俺たちが転生とやらをしたところで、邪神と気が合っちまったらどうするつもりだい? いっとくがな、俺たちは正義だとか、そういうのが大嫌いなんだよ! この気持ちは、魂に刻まれてるはずさ!」
『それでしたら、私が一からあなたたちの魂を作りなおしましょう。全部バラバラにするんです。いっそ、二人をまぜこぜにしてしまって、一人にしてしまってもいいかもしれません』
 二人の背筋に冷たいものが走った。リブレは歯をならしながらゆっくりとグランを見るが、彼も同じような表情で硬直している。
 グランはつばを飲み込んで大声を出した。
「だ、だ、だ。だまされたな、ジャグアスの女神よ! 実は、我は邪神なり。きさまを追って、私はこの世界に来たのだ!」
 女神は、なにを今さら、と言った感じにほほえみを崩さない。
『さあ、行きましょう』
「か、勘弁しろよ! リブレ、煙幕だ!」
 リブレはポケットに手を入れようとしたが、すぐにその動きが止まった。
「おい、早っ!」
 振り返ったグランの叫びも、そこで止まった。必死に体を動かそうとしたが、金縛りにかかったみたいにびくともしない。
『あなたたちがたとえ悪人であろうとも、導きによって私が選んだ勇者なのです。今はわからなくてもいい。きっと、私に感謝する日が来るでしょう』
 二人は顔をつきあわせるような形で、ひきつった表情のまま固まった。
 しかしその時、リブレは見た。街の方向を見るグランの表情が、少しずつ恐怖から驚愕へと変わり始めている。

「ちょっと待ちなさい!」
 現れたのはミレーヌだった。
 女神はほほえみを崩さず、彼女を見る。
『あなたも、彼らの同行にご希望ですか?』
「違います。私はこの男の姉です」
 グランは何か言いたげにしていたが、声も出すことができないようだった。
「さっきから見ていれば。あなた、なんでも異世界の女神さまだそうですけれど」
『ええそうです。勇者たる素質のある者を選ぶために、私はこの世界で待っていました』
 ミレーヌはため息をついた。
「それで見つけたのが、この愚弟と友人だと? はっきり言って、おすすめしません」
『それは私の決めることです』
「ええ、たしかにそうでしょうね。でも、さっきからあなたは自分の決まりごとを押し付けてばかり。この世界にいる限りは、この世界の掟にも従ってもらわないと。あなたご存じ? この世界ではね、人を連れ出すかわりに『ミューン』が必要なのよ」
 女神の表情が変わった。
『初耳です』
「でしょうね、異世界から来たあなたが知るわけありませんもの。でも、このまま『ミューン』なしで二人を連れこもうとすると、二人の体は一瞬にしてバラバラになってしまうでしょうし、なによりこの世界の精霊が黙ってはいませんよ。それこそ、あなたの世界と戦争になるかも」
 女神は困ったようすで光を少し失った。
『まさか。……でも、確かにこの世界の精霊は、どうも私の話を聞いてはくれませんでした』
 ミレーヌは頷いて、大げさに手を振りかざした。
「それは、もちろん『ミューン』がないせいよ。さあ、探してきなさい。『ミューン』は鉱石のように堅く、緑色の光を放ち、氷のように冷たい。形は星型で、さらにはたたくと『ストトーン』と独特の音がします。海をこえた先に、大きな火山があるはずです。『ミューン』はその先にあります」
 女神は少し考えたあと、強く輝いた。同時に、グランとリブレが地面へと倒れ込んだ。
『どうも、ありがとう。さっそく探してきます。ジャグアスの勇者よ、しばらくお待ちなさい。きっと迎えに来ます』
 女神はふわふわと浮かんでいった。

 リブレとグランの二人は、それが見えなくなるのを確認すると、大声を出してその場に寝そべった。
「姉貴、助かったよ。でもどうして」
 ミレーヌも、だらだらと流れる汗をぬぐって、大きく息をついた。
「あなたたちが行っても、女神様が迷惑するだけですもの」
 リブレはまだふるえている。
「お姉さんにお礼を言いたいところだけど、まだ危機は去ってないよ。『ミューン』とやらを見つけてきたら、今度はどうするんだい?」
 グランとミレーヌはきょとんとしたが、すぐに笑い出した。
「姉貴、おもしろいだろ。こういう奴なんだ」
「そうね」
「どういうこと?」
「リブレ君。そんなもの、ないのよ。あんなの全部うそっぱち。火山の先にあるのは、魔界よ。きっと戻って来られないわ」
 リブレは仰天した。

 翌朝、二人はマグンに戻った。
「いやあ、いろいろあったけど、戻ってこられてよかったなあ」
 リブレは感慨深そうにマグン城を見上げた。
「ちっ、今回はリブレのせいでとんだ目にあったぜ」
「それにしてもグラン、ミレーヌさんの嘘、すごかったな」
「ああ、はっきり言って俺も驚いたね。あの姉貴があんなでまかせ、よくも思いついたもんだ」
「完全にグランより上手だったよ。もしかして、例の魔法教室の件もバレてるんじゃないか?」
「んなワケねーだろ。だったら、あの場でそれを指摘して、とっとと俺のことをリスタルに連れ戻してたに決まってら」
 リブレは腕を組んだ。
「……そうでも、ないような気がするんだよなあ」
「バカ言ってねーで、さっさと『ルーザーズ』行こうぜ。おごりの件、忘れてないだろうな」
 二人はメーン・ストリートを曲がって、路地に入っていった。

 ミレーヌは、カップに茶を注ぎながら、昨晩のことを思い出していた。
「リブレ・ロッシか」
 本当は今回も、弟を連れ戻す気でいた。封印していた口八丁で二人の危機を救ったまではよかったものの、彼女はまたしても躊躇した。
 弟は、あの男といるからあんなに明るいのだ。
「グラニール……あの子の気持ちが、なんだか少しだけわかった。『彼』……レイヴンが言っていたのは、こういうことだったのかしらね」
 ミレーヌは参考書を開き、勉強を再開した。

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