Usual Quest
ユージュアル・クエスト

28.「アイ、困惑する」

 王都マグンは、西部ゲートを少し行った酒場、「オーガ・ブレーク」。
「あは、あは、あは」
 グランはふらふらしながら、暗くなった通りに出た。泥酔している。
「危ない! もう、飲み過ぎだよ」
 アイは倒れそうになる彼を支える。
「だってよお、タダだって言うからよお……」
 グランはろれつの回らない口調でアイによりかかった。

 ことの始まりは、本日の昼下がり。
 簡単なクエストを済ませたアイ、グラン、リブレ、リノの四人は、珍しく西部ゲートから王都に戻り「ルーザーズ・キッチン」へと向かっていた。
「ちっ、あのくそ女め! お高くとまりやがって」
 グランは不機嫌そうに舌打ちした。
「やめろよ、クライアントの悪口なんて。聞かれたら仕事が回ってこなくなるだろ」
 そういうリブレも心中穏やかでないようだ。
「実際ムカつく女だったけど、クエストそのものは楽だったし、コレもいいからよしとしましょう。だからアイちゃん、あんたも押さえなさい」
 リノは親指と人差し指で輪を作りながら、彼女の肩を叩いた。
「ううっ。あたしは悔しいよ! なんでただの運搬クエストで、あそこまで言われなきゃならないんだよ!」
 リブレはちょっぴり笑った。
「まあ、アイのが一番キツかったよな」
 アイは意地の悪いクライアントから「男」よばわりされたのだった。
 確かに男っぽい所もあると自覚している。そこらの野郎よりよっぽど怪力だし、背丈も負けていない。
 でも、彼女はあくまで「彼女」。女としての魅力も充分にあると自負していただけに、その一言は彼女のプライドをこなごなに打ち砕いたのだった。

 そんな時、通りがかった酒場から男が飛び出してきた。彼は満面の笑みで叫び声をあげた。
「やったぞ、生まれた。みんな、聞いてくれ。たった今、俺の子供が生まれたんだーっ!」
 四人は思わず足を止めた。自分たちとは天と地の差だ。とくにアイはそう思った。
 男は大仰な動作で店のドアを指さして言った。
「みんな、この幸福を共有しよう! 本日、オーガも飲みつぶれるわが酒場『オーガ・ブレーク』はタダで飲み放題だ! どうか祝ってくれ!」
 その瞬間、通りじゅうからわっと歓声が上がった。「オーガ・ブレーク」は、はっきり言って人気のある酒場とはいえなかった。しかし、今日だけは主人の幸せと共に、かつてないほどの活気を呼び込むこととなった。
 四人もこれ幸いと、店の中へと入っていった。

 そして数時間、彼らは大騒ぎの店内でしこたま酒を飲んだ。
「そういやグラン、明日おまえ早いんじゃなかったか? いいのかよ、そんなペースで飲んじまって」
 思い出したようにリブレが言ったが、すでにグランはフラフラし始めていた。
「いーの、いーの。タダなんだから、飲めるだけ飲んでおこうぜ。あんまし、うまくねえけど」
 アイが顔をしかめる。
「よくないよ。明日はあたしとミランダのヘルプなんだから」
「なら、なおさらいいや。あのデカパイに後衛は任せておけばいい。やばくなったら、手伝ってやるよ。おいリノ、飲み比べ勝負しようぜ」
 アイは、リノが彼を一喝してくれることを期待したのだが、彼女もすでにできあがっており、二人は勝負を始めてしまった。

 そして数時間後。突然店主が大声を出した。
「おおい、おまえら! そろそろ今日は店じまいだ。それ以上飲まれちゃ店がつぶれちまうよ!」
 席からブーイングがとんだ。
「バッカヤロー! タダで酒飲んどいて、なんだその態度は! 営業時間は十二時までって書いてあるはずだ。さあ帰った帰った!」
 残った酔っぱらいの抵抗もむなしく、中にいた全員が追い出される形で夢の宴は終わった。

「あは、あは、あは」
 グランはふらふらしながら店を出た。泥酔している。
「危ない! もう、飲み過ぎだよ」
 アイは倒れそうになる彼を支える。きっとこんな状態では、明日のクエストではまともに働いてくれないだろう。アイは頭が痛かった。
「ちょっとリノ。見てないで手伝ってよ」
 リノはしばらくぼーっとその様子を眺めていたが、歯を見せてにっと笑った。
「アイちゃん、チャンスじゃん。このままグランを家まで連れこんじゃいなよ」
「もう、バカ言わないで。泥酔してるね」
「してないわ。やっぱり『ルーザーズ』の酒じゃなきゃダメみたい。それに大まじめよ! これは神さまがくれたチャンスなのよ」
「リノ、前は神なんていないって言ってたじゃん」
 するとリノは、グランと同じようにふらついているリブレの腕を肩にかけた。
「どっちにしろ、私はこっちのクズを家まで届けなきゃならないから。まあ、その辺に捨てといても問題ないでしょうけど、どうせ通り道だし、明日のクエストに来てもらうことにしたの。グランの家なんて、ここから結構あるわよ。どっちにしろ、アイちゃんの家に行ったほうが合理的じゃない」
 アイはしばらく硬直した。まあ、言われてみればそんな気もする。
 しかし彼女は顔を振った。
「とにかく、ヤダ! なんかフェアじゃないよ」
「あーあ、ねんねなんだから。だから十九にもなって、処女のままなのよ」
 アイはリノを呼んだが、彼女は後ろを向いて、リブレを雑に引きずって行った。

 その後、アイはグランを介抱しながら夜道を急いだ。明日のためにも、今日はできるだけ早くベッドに就きたい。
 グランは相変わらずもうろうとした様子で、ぶつぶつ独り言を言っている。
「そもそもだな……おれの火炎魔法はだな…リスタル魔術学校の基礎知識を基盤として……錬成方法に独特のアレンジを加えてだね……」
「はいはい。わかったからとっとと歩いた」
 そんなことを言ってはいるが、実のところアイは緊張していた。
 リノがよけいなことを言うから。
 グランにここまで密着したのって、考えてみれば初めてだよな。いつもローブを着てるせいでわからなかったけど、結構ごつごつしてるんだな。この時間じゃ人なんてほとんど通らないけど、パッと見、恋人同士に見えたりして……
 先ほどのリノの言葉が蘇ってくる。でも、アイはまた首を振った。
 あたしは、こういうのじゃなくて、もっと自然な形で幸せになりたいんだ。

 その時、グランが石につまづき、バランスを崩した。
「わっ」
 アイも意表をつかれ、彼を支えることができずに一緒に転倒した。
「いってえ。もう、しょうがないなあ」
 アイはすぐに起きあがったが、グランの方はぐったりと道ばたに横たわった。
「グラン、起きてよ」
「もう、無理……おれ、ここで寝るわ……」
「こんな所で寝たら風邪引くよ。明日クエストなんだから、早くしなよ」
「もー絶対無理……」
 アイはグランを揺すったが、彼は煉瓦作りの道路に丸まった。こうなってしまっては、もうどうしようもない。
 困ったなと腰に手をやった所で、アイは唐突に気がついた。
 この煉瓦の色。そういえば。
 アイはすぐ後ろに目をやった。そこは彼女の家だった。

 アイはドアを開いて、グランを家の中に引きずり込んだ。見慣れた部屋が、いつもと違うように見えた。
 鼓動が早まるのを感じる。
 どうしよう。泥酔しているとはいえ、初めて男を家に入れてしまった。
「う、うーん」
 地面の感触が変わったことに気がついたのか、グランが顔をあげた。アイはびくりと体を跳ねさせた。
「……水、くれ。気持ち悪い」
 アイは大急ぎでコップを取り、かめから水をすくってグランに渡した。目が座っている。どうやらまだ、意識ははっきりとしていないようだ。
「だ、だ、大丈夫?」
 アイはうわずった声をかけた。グランは目を泳がせながら水を口にした。
「ここ……どこだ?」
 言っていいものだろうか。もし、彼が女性の家に、それも二人きりでいると知ったら、どんな行動に出るだろう。
 それを想像して、アイは自分の顔がすごく赤くなっていることに気がついた。
「さ、さーね。あ、あたしもずいぶん酔っちゃったな。見てよ、こんなに顔が赤いや……」
 無駄なフォローを入れてみたが、彼が聞いている様子はない。
 言ってしまえば、まあ、自然な流れで、もしかしたら、間違いが起こってしまうかもしれない。なんてったって相手は泥酔状態の男。本能むき出しの、危険な状態だ。魅力的な女性が目の前にいたら、一気に襲いかかってくるだろう。
 そう、あたしのような魅力的な女性がいたら、我慢なんてできるはずないんだ。
 そんなの望んだことじゃない。
 でも、実際、すごくイヤという訳でも、ないんだよなあ。
 どうしよう、さっきから黙りっぱなしだ。グランから変に思われないだろうか。

 そんなことを考えていると、グランがゆっくりと動きだした。アイは思わず身構える。
「どこかわかんねーけど……」
 グランはふらつきながら、ローブを脱ぎだした。
「ちょ、ちょっと! なに考えてるのさ!」
 アイは立ち上がって叫んだ。
「うるせーな……暑いんだ」
 彼女の言うことも聞かず、グランは魔術師用の古いローブを脱ぎ捨てた。これまたぼろっちい、茶色の布の服が露わになる。アイはちょっぴり安心した。本当に暑かったから脱いだだけだったのだ。しかしなぜか、残念な気持ちもあることに彼女は気がついた。
 と思ったのもつかの間。今度はその布の服も、もそもそと脱ぎだした。
 アイの心拍数が再び高まる。
「ちょ、ちょ、ちょっと! なんでそれも脱ぐわけ!」
「ほんっとに、うるせえやつだ……暑いんだよ……」
「脱ぐなー!」
 グランは言うことを聞かずに上着をすべて脱いでしまった。アイは目が泳いだ。男の裸なんて、数えるほどしか見たことがない。
 でも思っていた通り、グランの体ってけっこう引き締まってるな。
「さーて……」
 グランは気分よさそうにのびをした。
 いよいよ、その時が来てしまったのだろうか。ここまで来たら、もう逃げられない。
「グ、グラン。やめて……。そんな突然……あ、あたし、まだ一度も……」
 アイは期待と不安を入り交じらせた、複雑な心境だった。
 でも、もうこうなってしまったら。
 グランの手が伸びる。
 アイはついに、すべてを捧げることを決心して、目を閉じた。

 うわあ、これからあたし、どうなるんだろう。
 こんな状況だし、リノの言う通りになっちゃったけど、結構これはこれで、アリだと思えたりして…… 

 なんてことをしばらく考えていたのだが、肝心のグランがなかなかやってこない。
 どういうことなんだろう。どっちかが襲いかかってきて、始まるもんなんじゃないのかな。あたしって「月刊メリッサ」の知識くらいしかないからな。実際は、何か大事な精神統一の時間とかがもうけられているのかな。今、目を開いたり、何か言ったりしたら変かなあ。

 しばらくして、後方からぐうぐうといびきのような音が聞こえてきた。
 これも、やっぱりイベント前の儀式みたいなものなのかな。グランって思ったより慎重派なんだな。それにしてもまるで眠ってるみたいだ。
「ん、眠って……?」
 アイは目を開いた。
 もちろんグランの姿は目の前にはなく、部屋の隅に置いてあるベッドで眠っていた。
「な、なんだよ、もう……。せっかく決心したのに……」
 アイはがくりと倒れ込んだ。

 結局、ベッドはグランに貸してしまうことにして、アイはソファのほうに寝転がった。 リノやミランダをはじめとした仲間たちが泊まりに来る時は、大抵彼女がこちらを使うようにしている。少し固いのが気になるが、このくらいはへっちゃらだった。
「あーあ」
 アイは思わず声にだして言った。グランが自分のことをどう思っているのか、彼女にははっきりとした確証がない。自分の魅力には自信があるが、どうも彼にはそれが通じていないように思える。
 でも、彼はミランダにも、リノにも気がないように見える。この間初めて話をした、マリーに対してだけは、妙に執着心を見せてはいるのだが。
 はっきり言って、自分が負けているだなんて思わない。
 グランを見ると、彼はさっきの格好のまま、あおむけになって眠っている。
 きれいな顔立ちだ。あの口の悪ささえなければ、彼はもっと多くの女性から慕われるだろう。
「あーあ」
 アイは暗い天井を見つめながら、もう一度言った。グランとこのまま、友達のままで終わってしまったらどうしよう。
 今日は本当に、チャンスだったのかもしれない。
 

 ドアがノックされる音で、アイは目をさました。
「おーい!」
 ミランダの声だ。窓からは朝日がさしている。
 しまった、寝過ごした!
 アイはすぐにドアを開いた。
「ごめんよ」
「やっと起きたわね、おねぼうさん。あんたが寝過ごすなんて珍しいじゃん」
 ミランダは大して怒った様子でもなかった。
「ごめんごめん。すぐ支度するよ」
「いいよ急がなくて。今日はどうせギルドのおつかいだし、適当にやろ。……ん? 誰かいるの?」
 ミランダは家の中を覗き込んだ。グランのことを思い出したアイは、とっさにドアを閉めようとしたが、ミランダはその手を掴んで家の中へと入ってきた。
「えっ……グランじゃん」
「ちがうちがうちがうんだよ!」
 アイは必死に言ったが、ミランダは信じられないといった風に口を押さえた。
「寝坊の原因はこれね。まさか本当にグランのことを……。ずっと冗談だと思ってたのに」
「違う! 勘違いしないで!」
「なにが勘違いなのよ。もうこれ、確定でしょ。うん、わかるわ。私も最初はなんか恥ずかしかったし。アイ、あんたもやっと女になったのね。楽しいのはここからよ」
「だから違うんだって!」
「あんだよ、うるせーな……」
 グランがむくりと起きあがった。ミランダは彼に拍手を送った。
「グランも、やったじゃん。あんたみたいなクズを拾ってくれる子がやっと現れて」
 普段だったらここでグランの強烈な皮肉による反撃が始まるのだが、彼は無言で頭を抱えた。
「あたまいてえ……ここどこだ……」
「もしかして二日酔い? なに、酔った勢いだったわけ?」
「もー、ミランダ! ちょっと黙ってよ! 今日のグランはダメそうだから、もう二人で行こう! グランも、水飲んだら帰って!」
 アイはランスのベルトをを肩にかけると、グランに無理矢理服を着せ、追い出すようにして家を出た。


「で、なに。それじゃあ、本当になにもしてないわけ?」
 クエストの帰り道、馬車の手綱を引きながらミランダが言った。
「そうだよ。勝手に服脱いで寝ちゃっただけ」
「男女が二人きりで一夜を過ごして、なにも起こらないだなんて、あり得ないわよ。やっぱりあんた、相手にされてないんじゃないの」
 アイはずんと気が重くなった。
「でも、すっごく酔ってたからさ……」
「酔ってたらなおさらじゃん。少しでも気のある女が目の前にいたら、本能のまま飛びかかってくるわよ、ふつう。そうじゃなくても、なんで誘わなかったの?」
「いや、あの、それは」
 恥ずかしそうにするアイに対し、ミランダはわざとらしくため息をついた。
「ダメだわ、こりゃ」
「あたしだって。あたしだって、ダメだってことくらいはわかってるんだよ……な、何かアドバイスしてよ」
 二人の乗る馬車が王都南門を通った。
「もう一回同じ状況になるような奇跡でも信じてみたら?」
 がくり。アイは肩を落とした。
 
 クエストを終えたあと、アイは暗い気持ちで帰途についた。きれいな夕日がマグン城をオレンジ色に照らしていたが、普段見る時のようにうれしい気持ちにはならなかった。
 やっぱり、相手にされてないんだろうか。
 一緒にいる時間は、けっこう長いはずなんだけどなあ。
 あたしなんて、やっぱり……

「よう」
 まさか。アイは顔をあげた。
「グラン」
「なんだ、ずいぶん暗い顔してるじゃねえか」
「う、うるさいんだよ。あんたがまたクエストさぼったからムカついてたとこさ」
 グランは眉をつり上げてへらへらと笑った。人の気も知らないで。
「それで。何か用かい? 今日はあたし、疲れたから『ルーザーズ』にも寄らないで帰るつもりなんだけどさ」
 グランは視線を外して少しためらった後、頷いてから口を開いた。
「きょうも、お前んち行っていいか?」
「はいはい。面白い冗談だね」と言う準備をしていたアイは、途中でかんでしまい「はいえ!?」と叫んだ。
 グランは訝しげに片目を細めた。
「はあ? おい、ゴブリン語じゃなくて、人間にわかる言葉で話してくれるとうれしいんだけど」
 皮肉を拳で返す余裕もなく、彼女は半分気が動転したまま、言葉を返した。
「……べ、べつにいいけど」
 なんてことだ。奇跡が起こってしまった。

「へえ、思ってたよりふつうの部屋だな」
 家に入ってグランがつぶやいた。
「な、なんだよ。昨日来たじゃない」
「覚えてねえよ。今日も頭が痛くてよ、結局一日中寝てたぜ」
 アイは緊張した素振りで水をテーブルに置いた。
「しょうがないやつ。それで、今日は、う、うちに何か用かい?」
 グランは水を飲みながら持参した本を開いた。
「別に。気にしなくていいよ。俺、新術の研究をするから、邪魔すんなよ」
 アイは首をひねる。
 どういうことなんだろう。
 でも、さっき「一日中寝てた」って言ってたよな。
 寝るつもりはないのだろうか。ということは、男女が一緒に夜を過ごす以上、やはり……。
 アイは期待と不安を膨らませた。
 
 それから三時間ほど経った。アイは気が気でなかった。もう十分暗くなったはずだ。
 ところがグランは……相変わらず、本を読みながらぶつぶつ呟いている。
「ね、ねえ」
「なんだよ」
 不機嫌な声が返ってきた。
「もうこんな時間だけど、寝ないの?」
「一日中寝てたからな。お前、先に寝てろよ」
 視線すら合わせずに彼は言った。
 ますます、よくわからない。
 アイはとりあえずベッドへと入った。

 静かになった部屋からは、ページをめくる音だけが聞こえてくる。
 その音が止まる度に、アイはどきりとする。だが、何も起こらない。
 いつ来るのか、来ないのか?
 そんな事を考えている間に、睡魔に囚われ、彼女は眠りに落ちた。

 次の日、モンスターの討伐クエストをしながら、アイは考えていた。
 やはり、昨晩は何も起きなかった。グランはソファに眠っており、起こすとうれしそうな顔をしながら、そそくさと帰っていってしまったのだ。
 これをどう解釈していいものやら。
 リノに聞いてみても、首をひねるばかり。さすがに、今回の行動には謎が多すぎる。
 しかし、アイはふと思った。
 もしかして、グランに自分の想いが伝わったのかなあ……。
「それは、さすがに希望的観測すぎるわよ。どうせ何かくだらない理由でしょ」
 彼女の考えを察したリノが冷たく言った。

 その夜も、グランはアイの家を訪ねて、また本を読み始めた。やけに上機嫌であった。
「な、なんかいいことあったのかい」
「さあね」
 グランはやはり、アイには視線もくれずに言った。
 アイはまた、悶々としながら夜を過ごすはめになった。


「おい、グラン」
 「ルーザーズ・キッチン」のカウンターテーブルにひじをつけながら、リブレは肉串の一つを口に運んだ。
「最近、噂になってるぞ。なんでアイの家に泊まったりしてるんだ。おまえら、付き合うことにしたの?」
 グランは本を読みながらリブレの肉をひとつ奪い取った。
「……まさか。こないだ、マズい酒場で飲みまくったろ。あの夜、あの女の家に泊まったみたいなんだけどよ、夢で面白い魔法の組み方を見たんだ。そしたら行き詰まってるところがちょうど解けてさ。次の日も期待してあいつの家で寝てみたら、やっぱり今度もいい夢を見たんだよ。もう、はかどっちゃってしょうがないね。願掛けみたいなもんさ。まあ、昨晩だめだったから、もうやめるけど」

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