マグン王国は、王都マグンを中心として広がる、広大なトンカ平原。 二人の男が騒いでいる。 「ちっ、また失敗だ」 くたびれたローブをまとった金髪の魔術師が言った。隣にいた、これまたくたびれた旅人の服を着た剣士は、尻餅をつくようにして倒れ込んだ。 「タイミングが合ってないんだよ。グランがひとテンポ速いんだ」 魔術師グラン・グレンは声の主をきっとにらみつけた。 「おいリブレ、逆だよ。おめーがひとテンポ遅いの。数字の数え方、知ってるの」 剣士リブレ・ロッシは芝生に唾を吐いて立ち上がった。 「速いんだよ」 「違う! 遅いの」 二人がどつき合いを始めようとしたその時、大きな武器を背負った女が現れ、彼らの腕をはしと掴んだ。 「あたしにゃ、二人ともリズムが全く合ってないように見えるけどね」 「アイは黙っていてくれよ」 「そうだぜ! おめー、さっきからなんで俺たちを見てるんだよ」 グランににらまれたランサーのアイ・エマンドはすぐに赤面して、二人の腕を、とくにグランのほうをことさら強くぱっと離した。 「あ、あんたらがさっきからけんかしてばかりだからさ! もう知らないからね」 そんなことを言いながら、アイはそそくさと門をくぐって街へと入っていってしまった。 「ヘンなやつ。さあ、続きだ」 グランは腕を組んだ。 広場では黒髪の少女がアイスをなめていた。アイが戻ってくるのをみて、残りを一口で食べきってしまった。 「あら、おかえり。愛の監視は終わったの」 「リノまで。やめてよね、からかうのは」 ヒーラーのリノ・リマナブランデはにやにやと笑った。 「相変わらずねんねなんだから。そんなんじゃ、いつまで経っても進展しないわよ。……まあ、気づかないグランもグランだけど。それにしても、あいつら、まだやってるのね」 アイは頷いた。 三日前のクエストでのことだった。アイがいつものようにモンスターたちを蹂躙しているのをただ見ていたグランが、しばらく考えてから声を上げた。 「そうだ、必殺技だよ。必殺技がねえんだ」 「そうか。そういうことだったんだな」 リブレが呼応した。アイとリノには何のことなのかよくはわからなかったが、二人は納得した様子で頷きあっていた。 「どういうことだい」 「つまりだな……俺たちがこれからもっと上に行くためにはだ、それなりの技みたいなもんが必要ってことだよ」 アイはきょとんとした。グランにそんな上昇志向があったことにまず驚いたのだった。 「あれから、二人で合体技を作るとか言い出して、もう二日だもんね。あれほどやる気になってるのって、久しぶりに見た気がするよ。きっとすごいのができるよ」 前は確か、郵便配達をサボってしまった理由を考えていた時だった。その前は、落とし穴を作るとかで……アイはここで考えるのをやめた。 「まあ、あの一件以来、あいつらにも思うところがあったってことでしょ」 リノが表情を変えず、静かに言った。 あの一件とは、リブレの父親が突然現れ、彼を連れていこうとした事件のことである。 リブレは結局、自分の意志でマグンに残ることを決めた。アイには彼が、どういうつもりでそう決断したのかがわからない。 しかし、彼が、自分の意志ですすみ始めたことは確かだった。 それがうれしくないことであるはずがなかった。 そう、リブレは変わったのだ。グランも、それに気がついているからこそ、あんなことを言い出して、彼を後押ししているのかもしれない。 「よーし。あたしも、何か新しいタックルでも編みだそうかな」 「いいわね。そうだ、いっそ私たちも新しいコンビネーションを作ってみる?」 二人は簡単に練習して、新コンビネーションをいくつか考案した。もとより多くのモンスターと戦ってきた二人は、お互いにどういう動きができるのかを把握しきっている。拍子抜けするほどうまくできあがった。 「なんだか、いつものとあまり変わらないような気もするけど」 「アイちゃんの動きは直線的でわかりやすいからね。私がフォローする形で動くだけでも充分なのよ。そのほうが臨機応変に対応できるしね。さて、男どもはどうなったかしらね」 二人は門の方に向かったが、グランたちが大騒ぎしながら戻ってくるのが見えた。 「できたっ、できたぞ。合体技の完成だ! これならどんな敵が来ても一撃だ!」 「いやあ、やればできるもんだね。でもお前、さっきタイミングがずれてたぞ」 「あれ、その前にチョンボこいたのはどのリブレさんだったかしらね」 二人はすぐにアイたちに気がついて、駆け寄ってきた。 「よし、今日は祝賀会ね」 リノがぱちんと手をたたいた。 いい感じだ。全部うまく回っている気がする。アイはそう思った。 四人は「ルーザーズ・キッチン」へと向かった。 その翌日、四人は意気揚々とクエストを受けた。トンカ平原の少し北方にある、山岳地帯シュージョにある湖での水汲みだ。「ルーーザーズ・キッチン」のマスターによる依頼だった。 山岳地帯に入ったところで、モンスターとエンカウントした。鳥に似たカラードというモンスターだった。 「あいつの強さって、どんなもんだったっけ」 リブレが聞くと、リノはうんざりした様子で即答した。 「いい加減覚えなさい。青バルーン八十。数が多いわね、ちょっとやばいわよ」 するとグランとリブレは頷きあい、一歩進み出た。 アイたちは顔を見合わせた。 彼らは合体技を披露するつもりなのだ。 グランが下向きに腕を交差させ、魔力≠練り始める。すぐに彼の手元にその塊とも言える珠が形成された。グランはそれを手に乗せ、大きく腕を回した。珠がするすると線を描き、ごうという音とともに、炎へと変わってゆく。 グランはその帯を少しずつ調節して、炎の輪を作った。 リノは息をのんだ。淀みがない。この男は火炎魔法を作る時だけ、そこらの魔術師よりもよっぽど凄腕に見えるのだ。 「行くぞ、リブレ」 「おおっ!」 リブレの返答とともに、グランは手のひらを敵に向け、気合いを入れる。炎の輪がすぐに発射された。 リブレはそれに続くようにして駆けた。そして、剣の柄に手を……かけずに、ポケットに手を突っ込んだ。 でてきたのは、彼特製のかんしゃく玉である。 炎の輪にそれをぽいと投げ込むと、回転に巻き込まれてをぐるぐると周りながら、かんしゃく玉と炎が一体化した。 玉は、煙を上げながらモンスターへとむかってゆき、ぶつかる直前で大きな爆発を起こした。煙があたりをもうもうと包み込むのを確認すると、グランが叫んだ。 「煙幕完了! いまだ、逃げるぞ!」 リノとアイは同時にずっこけた。 「どうだ、見たか? すごいだろ。あれを食らって驚かないモンスターなんていないね。どんなヤツが相手でも、一撃で逃げられるぜ」 「奴ら、完璧に俺たちを見失っていたもんな。そりゃそうさ。グランの炎が、俺のかんしゃく玉の威力を上げてるんだ。あれは輪っかに巻き込まれた玉が、理想的な速度で玉を分解してだね……」 「違うよ、引き立て役はそっちさ。俺の炎がパワーアップして煙を出すんだよ」 「そうじゃない、俺が……ねえリノ、なんでさっきから無視するのさ」 「アイ、おめーもなんか言えよ。へんなヤツ」 クエストが終わっても、返事はなかった。 |