王都マグンは、南ゲートから道具屋の角を曲がった先にあるサン・ストリート。 三日前から、ある少女がここに現れるようになった。 クエストを探しにいきつけの酒場『ルーザーズ・キッチン』に向かう途中、グランはその少女を初めて見かけた。 「ああ、かわいいよね彼女。なんでも、どこかの没落貴族のお嬢様とかで、今はああやって花売りをしてお金を稼いでるとかいう噂さ。なんだい、彼女に惚れたのかい。え、グラン」 隣を歩くアイ・エマンドがいたずらっぽく言った。だが、アイは彼女よりも自分の方がより魅力的だと信じていた。 「ああ」 グランは即答した。一目惚れだった。アイは意外そうな顔をする。 「え、嘘でしょ。あたし、冗談で言ったんだよ」 グランはアイを横に押しやって、少女のほうへと近づいた。少女はほほえんだ。 「お花は、いかがですか」 「一つくれ。君、名前は」 「セーナです」 「いい名だ。俺はグラン・グレン。ちょいと名の馳せた魔術師さ。君は、いつからここに」 セーナははにかんだ。 「三日前です」 グランは拳を握った。 まだ三日なら、この町の色男たちにもそこまで噂は伝わっていないはずだ。今のうちに落とせば、俺の一人勝ちだ。 「セーナ、だったらこの町のことを少し教えておいてやるよ。この町は……ひどい連中がひしめいている。どこもかしこも、君を陥れてやろうっていうクソ男ばかりさ。くれぐれも気をつけるんだぜ」 その時、大声が飛び込んできた。 「おーい、セーナちゃん! あっちに、花を買ってくれるって人がいるよ」 走ってくる男の顔を見て、グランは舌打ちした。 「とくに、あいつはダメだ」 「リブレさんですか? あの方はいい人ですよ。昨日から私の商売を手伝ってくれているんです」 グランは思わずこちらに近づいてくるリブレをにらみつけた。 昨日、クエストの誘いを断ったのはこのせいだったのか。 「おお、なんだ……グランじゃないか」 リブレはものすごく残念そうに言った。 「よう、サビサビ君」 二人はにらみ合った。 「セーナちゃん、その男から離れるんだ。グラン・グレンは危険だ。なにせ炎系魔法しか使えないもんでね。消す手段がないんだぜ。いつ暴発するか」 「おっとおっと。この町で一番の危険人物がなにを言う。そのサビサビ・ロング・ソードで今日も人々を恐怖に追いやるのかい。それに、この間見たぞ。道具屋のマリーと宿屋に入っていっただろ。俺はしばらくだ。だから今回は俺に譲れ」 「マリーちゃんは、金さえ払えばなんでもやってくれるんだよ。あんなもんはカウントには入らない」 その後しばらく小競り合いが続いた。その間、アイがセーナに二人のことを簡単に教えた。 「あのふたり、いつもああなんだよ。すぐケンカするくせに、つるんでるのさ。ホモなんじゃないかって、たまに思うよ」 「仲がよろしいんですね。私も、わかります」 二人のケンカは突然終わった。かと思うと、グランは一直線にセーナのもとへと向かった。 「セーナ、単刀直入に聞こう。いま、欲しいものは」 セーナは硬直する。つまり、二人でそれを取り合って競争するということらしい。 「え、えーと、わたし……その」 「おっと、お金はなしだ。そんなものじゃ愛は買えないからな」 セーナはしどろもどろになりながら考えた。 「あ、そうだ」 「決まったかい」 セーナは笑顔で答えた。 「ウィンザムの爪」 ウィンザム。狼形モンスター。頭は悪いがすばしっこく、鋭い爪と牙で獲物を抹殺する。別名森のウルフ。 「で、なんであたしまで付きあわなきゃならないわけ」 アイは不満げに言った。背中には身の丈と同じほどのランスがくくりつけられている。 「しょうがねえだろ、ウィンザムなんて俺とリブレで狩れるようなモンスターじゃねえもん」 「頼りにしてまっせ、姉さん」 アイはため息をもらした。ウィンザムといえば、この間やっとのことで狩ることができた強敵だ。それもヒーラーのリノ・リマナブランデが一緒にいたからこそ、できたことなのだ。 しかし、アイは断れなかった。 「その代わり、礼ははずむんだろうね」 グランは手をたたいた。 「もちろんだ。なんならキスしてやってもいいぞ」 「いるか死ねバカ」 だが、それが一番欲しいものだった。 そうこうしているうちに、三人はキーバライの森へとやってきた。 「霧が出てるね……。こいつはやっかいだよ。はやいところやっちまおう。精霊なんかに出会ったら笑えないよ」 キーバライの森はまれに濃霧に包まれることがある。これは魔力≠ェ満ちている証拠だ。そういう時は「精霊」が出るとして、恐れられている。精霊は人間ともモンスターとも違うもので、自分のテリトリーを荒らす者に容赦しない。とくに、人間には。 「待ってくれアイ、その先にモンスターがいる」 ウィンザムを探して歩いていると、唐突にリブレが言った。濃霧で道の先など全く見えない状況だ。 「わかった」 しかし、アイは特に反論することなくランスを構えた。 「それにしても、よくわかるね。あたしなんかにゃ、霧で道すら見えないんだけど」 「こつは、もっとモンスターを恐れることだ。恐れまくって、敏感になれ。そうすればモンスターの気配を察知できる。熱くなってる時はできないけど、ひとりの時なんかは、モンスターが家から半径1キロのところにいるだけで、その夜は眠ることができない」 言っていることは全くもってかっこよくないのだが、アイはこれまで何度もこの察知能力に助けられてきていた。 「よし、一直線。今だ」 「うおおお!」 勇ましいかけ声とともに、ランスを構えたアイは突進した。 「何度聞いても色気のねえかけ声だ。たまにはもっと、エッチな声でできないもんかね」 グランが笑った。 それにしてもなんという幸運か、アイが先制攻撃でしとめたのはまさにウィンザムそのものだった。 「笑っちゃうね。この間リノと何十分もかけて倒した相手なのに、後ろから不意打ちの一突きで、おだぶつかい」 「俺とリブレに感謝するこったな。よし、ともかくこれで手に入ったな、ウィンザムの爪」 爪をローブの中にしまおうとする手を、リブレがつかんだ。 「ちょっと待てよ、手に入れるのはお前じゃない、俺だ。グランは何にもしてないだろ」 「その手をどけたほうが身のためだ。恥をかくぜ。どうせふられるんだから」 「彼女は俺に惚れてるんだ」 「ばかぬかせ」 アイは腰に手を置いた。 また始まったよ。こんなところに美女をほっぽって、なにやってるんだか。取り合うならあたしにしろ。じゃないといつか後悔するんだからね、絶対に。 ふと、リブレがなにかに感づき、血相を変えた。 「すまん、ケンカはやめだ。急げ、二人とも走れ」 「なんだよリブレ、俺がもらっちまうぜ」 「精霊が近くにいる。ここから西だ。東に走れ」 それを聞いて二人は飛び出すようにして走り出した。 「リブレ、どうだい!」 「多分気づかれてると思う。急げ、もっと急げ!」 その時、アイは枯れ草を踏んでずっこけてしまった。 「うぐぐ、いってえ」 「だから、いちいち色気がねえんだよ、お前は。さっさと起きろ」 グランは引き返し、手をさしのべた。アイはそれを握った。 「ついでに」 グランはアイを起きあがらせると、もう片方の手で魔力≠練り、炎の弾を作った。 「飛んでけ!」 自分から北の方角へと打ち出す。三人はそれを合図として、今度は南へと走った。 「陽動くらいにはなるだろ」 「ああ、相手はおそらく炎の精霊だ。少なくとも二、三秒は意識をそらせる」 「でも、森に投げちゃっていいのかい」 「着地する前に爆発させるさ」 アイは心拍数があがったのを感じた。 ただ走っているからではあるまい。 変なところで、やさしいんだよなあ、グランって。 三人はなんとかマグンの城壁までたどり着いた。相手が足の遅い炎の精霊であったことも幸いした。 「危なかったね。リブレがいなかったら全滅だった」 アイは荒い息を吐きながら言った。 「今後ともクエストには誘うように。さて」 リブレはグランを見る。 「念のため聞いておく。グラン、まだ彼女をかけて俺と争う気か」 「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ」 二人は身構えた。 「お、おい。二人とも本気なのかい」 アイの問いかけに答えもしない。 「彼女は俺のもんだ」 グランは魔力≠練り、炎を造ろうとした。が、疲れのせいかうまく練ることができず、マッチから起こるくらいの小さな火を指の上に灯した。 「いいや、俺さ」 リブレは両手を柄にかけて、ロングソードをすごい音と共に引き抜いた。途中で、何度かつっかかり、柄を地面に下ろさざるを得なかったが、なんとかぼろぼろの刃をグランへと向けた。 「行くぞ!」 「いつでも来い!」 「……さっさと来いよ!」 「おまえから来い!」 「やだよ、ずりーぞ!」 「じゃあ、じゃんけんで決めるか!」 「おう!」 グランが勝利した。 「よし、じゃあリブレから」 「違うよ、勝った方が先攻だろ」 「勝った方が選ぶんだよ!」 「あんたら、いい加減にしないとあたしがランス・タックル食らわせるよ」 二人は駆けだした。 刃と炎が交わろうとした時、セーナが間に現れた。 「やめてください、二人とも」 「止めてくれるな。これも愛深きゆえ」 「いえ、そうじゃなくて……わたし、お二人に、そういう感情は、ちょっと」 リブレは剣を落とした。 「そんな! あんなに手伝ってやったじゃないか!」 グランは炎を消した。 「じゃあ、なんだ、ほかに好きな男でもいるのか。ひょっとして、実は結婚してるとか」 「いえ、わたし……」 セーナは歩いていき、その先にいるアイの手を取った。 「え、あたし?」 「あの、お姉さま、って呼ばせてもらってもいいですか」 セーナの瞳はうるうるとして、淡い輝きを放っている。 一目惚れだった。 「どこか、行きませんか」 「いや、あの、あたしそういうのは、ねえ、ちょっと」 セーナはアイを引っ張っていった。 そして二人が残された。しばらく無言だったが、リブレは剣を拾った。 「……マリーちゃんのところ、行くか」 「いくらからだ」 二人は城門をくぐっていった。 |