Usual Quest
ユージュアル・クエスト

2.「彼女は俺のもの!」

 王都マグンは、南ゲートから道具屋の角を曲がった先にあるサン・ストリート。
 三日前から、ある少女がここに現れるようになった。
 クエストを探しにいきつけの酒場『ルーザーズ・キッチン』に向かう途中、グランはその少女を初めて見かけた。
「ああ、かわいいよね彼女。なんでも、どこかの没落貴族のお嬢様とかで、今はああやって花売りをしてお金を稼いでるとかいう噂さ。なんだい、彼女に惚れたのかい。え、グラン」
 隣を歩くアイ・エマンドがいたずらっぽく言った。だが、アイは彼女よりも自分の方がより魅力的だと信じていた。
「ああ」
 グランは即答した。一目惚れだった。アイは意外そうな顔をする。
「え、嘘でしょ。あたし、冗談で言ったんだよ」
 グランはアイを横に押しやって、少女のほうへと近づいた。少女はほほえんだ。
「お花は、いかがですか」
「一つくれ。君、名前は」
「セーナです」
「いい名だ。俺はグラン・グレン。ちょいと名の馳せた魔術師さ。君は、いつからここに」
 セーナははにかんだ。
「三日前です」
 グランは拳を握った。
 まだ三日なら、この町の色男たちにもそこまで噂は伝わっていないはずだ。今のうちに落とせば、俺の一人勝ちだ。
「セーナ、だったらこの町のことを少し教えておいてやるよ。この町は……ひどい連中がひしめいている。どこもかしこも、君を陥れてやろうっていうクソ男ばかりさ。くれぐれも気をつけるんだぜ」
 その時、大声が飛び込んできた。
「おーい、セーナちゃん! あっちに、花を買ってくれるって人がいるよ」
 走ってくる男の顔を見て、グランは舌打ちした。
「とくに、あいつはダメだ」
「リブレさんですか? あの方はいい人ですよ。昨日から私の商売を手伝ってくれているんです」
 グランは思わずこちらに近づいてくるリブレをにらみつけた。
 昨日、クエストの誘いを断ったのはこのせいだったのか。
「おお、なんだ……グランじゃないか」
 リブレはものすごく残念そうに言った。
「よう、サビサビ君」
 二人はにらみ合った。
「セーナちゃん、その男から離れるんだ。グラン・グレンは危険だ。なにせ炎系魔法しか使えないもんでね。消す手段がないんだぜ。いつ暴発するか」
「おっとおっと。この町で一番の危険人物がなにを言う。そのサビサビ・ロング・ソードで今日も人々を恐怖に追いやるのかい。それに、この間見たぞ。道具屋のマリーと宿屋に入っていっただろ。俺はしばらくだ。だから今回は俺に譲れ」
「マリーちゃんは、金さえ払えばなんでもやってくれるんだよ。あんなもんはカウントには入らない」

 その後しばらく小競り合いが続いた。その間、アイがセーナに二人のことを簡単に教えた。
「あのふたり、いつもああなんだよ。すぐケンカするくせに、つるんでるのさ。ホモなんじゃないかって、たまに思うよ」
「仲がよろしいんですね。私も、わかります」

 二人のケンカは突然終わった。かと思うと、グランは一直線にセーナのもとへと向かった。
「セーナ、単刀直入に聞こう。いま、欲しいものは」
 セーナは硬直する。つまり、二人でそれを取り合って競争するということらしい。

「え、えーと、わたし……その」
「おっと、お金はなしだ。そんなものじゃ愛は買えないからな」
 セーナはしどろもどろになりながら考えた。
「あ、そうだ」
「決まったかい」
 セーナは笑顔で答えた。
「ウィンザムの爪」

 ウィンザム。狼形モンスター。頭は悪いがすばしっこく、鋭い爪と牙で獲物を抹殺する。別名森のウルフ。

「で、なんであたしまで付きあわなきゃならないわけ」
 アイは不満げに言った。背中には身の丈と同じほどのランスがくくりつけられている。
「しょうがねえだろ、ウィンザムなんて俺とリブレで狩れるようなモンスターじゃねえもん」
「頼りにしてまっせ、姉さん」
 アイはため息をもらした。ウィンザムといえば、この間やっとのことで狩ることができた強敵だ。それもヒーラーのリノ・リマナブランデが一緒にいたからこそ、できたことなのだ。
 しかし、アイは断れなかった。
「その代わり、礼ははずむんだろうね」
 グランは手をたたいた。
「もちろんだ。なんならキスしてやってもいいぞ」
「いるか死ねバカ」
 だが、それが一番欲しいものだった。

 そうこうしているうちに、三人はキーバライの森へとやってきた。
「霧が出てるね……。こいつはやっかいだよ。はやいところやっちまおう。精霊なんかに出会ったら笑えないよ」
 キーバライの森はまれに濃霧に包まれることがある。これは魔力≠ェ満ちている証拠だ。そういう時は「精霊」が出るとして、恐れられている。精霊は人間ともモンスターとも違うもので、自分のテリトリーを荒らす者に容赦しない。とくに、人間には。

「待ってくれアイ、その先にモンスターがいる」
 ウィンザムを探して歩いていると、唐突にリブレが言った。濃霧で道の先など全く見えない状況だ。
「わかった」
 しかし、アイは特に反論することなくランスを構えた。
「それにしても、よくわかるね。あたしなんかにゃ、霧で道すら見えないんだけど」
「こつは、もっとモンスターを恐れることだ。恐れまくって、敏感になれ。そうすればモンスターの気配を察知できる。熱くなってる時はできないけど、ひとりの時なんかは、モンスターが家から半径1キロのところにいるだけで、その夜は眠ることができない」
 言っていることは全くもってかっこよくないのだが、アイはこれまで何度もこの察知能力に助けられてきていた。
「よし、一直線。今だ」
「うおおお!」
 勇ましいかけ声とともに、ランスを構えたアイは突進した。
「何度聞いても色気のねえかけ声だ。たまにはもっと、エッチな声でできないもんかね」
 グランが笑った。

 それにしてもなんという幸運か、アイが先制攻撃でしとめたのはまさにウィンザムそのものだった。
「笑っちゃうね。この間リノと何十分もかけて倒した相手なのに、後ろから不意打ちの一突きで、おだぶつかい」
「俺とリブレに感謝するこったな。よし、ともかくこれで手に入ったな、ウィンザムの爪」
 爪をローブの中にしまおうとする手を、リブレがつかんだ。
「ちょっと待てよ、手に入れるのはお前じゃない、俺だ。グランは何にもしてないだろ」
「その手をどけたほうが身のためだ。恥をかくぜ。どうせふられるんだから」
「彼女は俺に惚れてるんだ」
「ばかぬかせ」
 アイは腰に手を置いた。
 また始まったよ。こんなところに美女をほっぽって、なにやってるんだか。取り合うならあたしにしろ。じゃないといつか後悔するんだからね、絶対に。
 ふと、リブレがなにかに感づき、血相を変えた。
「すまん、ケンカはやめだ。急げ、二人とも走れ」
「なんだよリブレ、俺がもらっちまうぜ」
「精霊が近くにいる。ここから西だ。東に走れ」
 それを聞いて二人は飛び出すようにして走り出した。

「リブレ、どうだい!」
「多分気づかれてると思う。急げ、もっと急げ!」
 その時、アイは枯れ草を踏んでずっこけてしまった。
「うぐぐ、いってえ」
「だから、いちいち色気がねえんだよ、お前は。さっさと起きろ」
 グランは引き返し、手をさしのべた。アイはそれを握った。
「ついでに」
 グランはアイを起きあがらせると、もう片方の手で魔力≠練り、炎の弾を作った。
「飛んでけ!」
 自分から北の方角へと打ち出す。三人はそれを合図として、今度は南へと走った。
「陽動くらいにはなるだろ」
「ああ、相手はおそらく炎の精霊だ。少なくとも二、三秒は意識をそらせる」
「でも、森に投げちゃっていいのかい」
「着地する前に爆発させるさ」
 アイは心拍数があがったのを感じた。
 ただ走っているからではあるまい。
 変なところで、やさしいんだよなあ、グランって。

 三人はなんとかマグンの城壁までたどり着いた。相手が足の遅い炎の精霊であったことも幸いした。
「危なかったね。リブレがいなかったら全滅だった」
 アイは荒い息を吐きながら言った。
「今後ともクエストには誘うように。さて」
 リブレはグランを見る。
「念のため聞いておく。グラン、まだ彼女をかけて俺と争う気か」
「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ」
 二人は身構えた。
「お、おい。二人とも本気なのかい」
 アイの問いかけに答えもしない。 
「彼女は俺のもんだ」
 グランは魔力≠練り、炎を造ろうとした。が、疲れのせいかうまく練ることができず、マッチから起こるくらいの小さな火を指の上に灯した。
「いいや、俺さ」
 リブレは両手を柄にかけて、ロングソードをすごい音と共に引き抜いた。途中で、何度かつっかかり、柄を地面に下ろさざるを得なかったが、なんとかぼろぼろの刃をグランへと向けた。
「行くぞ!」
「いつでも来い!」
「……さっさと来いよ!」
「おまえから来い!」
「やだよ、ずりーぞ!」
「じゃあ、じゃんけんで決めるか!」
「おう!」
 グランが勝利した。
「よし、じゃあリブレから」
「違うよ、勝った方が先攻だろ」
「勝った方が選ぶんだよ!」
「あんたら、いい加減にしないとあたしがランス・タックル食らわせるよ」
 二人は駆けだした。

 刃と炎が交わろうとした時、セーナが間に現れた。
「やめてください、二人とも」
「止めてくれるな。これも愛深きゆえ」
「いえ、そうじゃなくて……わたし、お二人に、そういう感情は、ちょっと」
 リブレは剣を落とした。
「そんな! あんなに手伝ってやったじゃないか!」
 グランは炎を消した。
「じゃあ、なんだ、ほかに好きな男でもいるのか。ひょっとして、実は結婚してるとか」
「いえ、わたし……」
 セーナは歩いていき、その先にいるアイの手を取った。
「え、あたし?」
「あの、お姉さま、って呼ばせてもらってもいいですか」
 セーナの瞳はうるうるとして、淡い輝きを放っている。
 一目惚れだった。
「どこか、行きませんか」
「いや、あの、あたしそういうのは、ねえ、ちょっと」
 セーナはアイを引っ張っていった。

 そして二人が残された。しばらく無言だったが、リブレは剣を拾った。
「……マリーちゃんのところ、行くか」
「いくらからだ」
 二人は城門をくぐっていった。

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