王都マグンを中心として広がるトンカ平原を、馬車で三十分ほど行ったところにある、山岳地帯シュージョ。 「あたしにまかせな!」 アイは大声をあげながら、モンスターの一団に突っ込んでいった。バルーン(青)の五倍の戦闘力を持つゴブリンや、弓矢を武器とするモンスター・ロビンたちからすれば、それはまさに死の宣告に等しい意味合いを持っていた。 「ちょっと! いきりすぎよ。もっとクールになりなさい」 リノは遠目からアイの様子を見ながら、傷を回復したり、支援魔法を送ったりしている。 その時、ふいに上空から、ゴブリンが現れた。きっと木の上でチャンスを伺っていたのだ。 思わず目を伏せたリノだったが、金属音が彼女を救った。 「君もね」 リブレはショート・ソードを薙いで、ゴブリンをけとばした。 「ふん。たまには働くじゃないの」 口ぶりとは裏腹に、リノの表情はどこかうれしそうである。 アイが声をがなりたてながらランスを振り回すと、もう生き残っているモンスターはいなかった。 「ふう。暴れたりないね。リブレのおかげで、エンカウントが待ち遠しいよ」 リブレは剣を納めながら口をとがらせた。 「悪かったね、さっきから俺でも勝てるような雑魚ばっかりが相手で。だったら次は、シェイムの大群と戦うかい? ちょっと離れにいるみたいだけど。まあ、全滅の危険性はあるけどね」 リブレの挑発を受けて、アイは歯を見せて闘争心をむき出しにした。 「いいねえ。いっそ、どっちが多く倒せるか競争しないかい、リブレ?」 「おまえらなあ。ケンカしてねーで、クエストを優先しろよ。全く、プロ意識ってもんが足りないぜ」 リノ、リブレ、アイはグランを見る。 「プロ冒険者のグランさんは、今までどこに?」 「体力を休めておいた」 「火炎魔法は、ここじゃ使えないもんね。それにしても、なんでついて来たの?」 リノが冷たく言った。 四人は、「ルーザーズ・キッチン」のマスターに頼まれて、この山岳地帯の湖にある水を汲みに来ていた。この時期、マスターは補充のために冒険者と共に来るらしいのだが、どうも腰を痛めたらしかった。四人にこのクエストの話をしながら、彼は腰を何度もさすっていた。 「お、あったぞ! きっとあれだ」 リブレが、日光を浴びて輝く湖面を指さした。久々のまともなクエストとあってか、さっきから声がうわずっている。四人はそこに向かって走った。 「きれいな水だね。マスター、これでお酒を作ってるのかなあ」 アイは水を手ですくいながら言った。 「さあ、早いところすませましょう。ルーザーズのお酒がなくなるなんて、想像したくもないわ」 リノは袋から小さな瓶を何本か取り出すと、リブレたちに渡した。瓶には小さな魔石がついている。 「へえ、これかい。魔力≠ナ水を圧縮するっていう瓶は」 「うん、マスターの話だと、この瓶の五十倍くらいは入るらしいよ。一本につき五万ゴールド近くするらしいから、割らないように気をつけて」 四人はおそるおそる、湖の水を汲んだ。 瓶をいくつか積んだところで、リブレが突然声を張り上げた。 「モンスターがいる!……そこかっ!」 リブレは投擲用ナイフを近くの木に向かって投げた。ナイフは木に突き刺さったが、その後すぐにどろどろと溶解した。 そこから、木から分離するようにぼろ布をまとった骸骨が、片足を引きながら姿を現した。 「レイス……!」 レイス。アンデットモンスター。アンデット族に属するモンスターではあるが、元は人間でなく魔界の住人である。魔王の部下がその半数以上を占める。強さはバルーン(青)の約八百倍。 四人は凍り付いた。レイスはこの辺りでも最強の部類に入るモンスターだ。勝てる相手ではない。 「リブレ、てめえ……なんてタイミングで大チョンボかましてくれやがったんだ」 グランが無表情のまま言った。すでに魔力≠練り、呪文の詠唱を始めている。 「きっと気配を消してたんだ。全く気が付かなかった。どうやら足をけがしているみたいだけど……ほかの冒険者にやられて、休んでたのか? どちらにせよみんな、すまない」 リブレは剣を引き抜くと同時に、かんしゃく玉を用意した。 「どうする、逃げるかい。あの怪我なら、とんずらくらいはできそうだよ」 「議論してる暇はなさそうよ!」 レイスは魔力≠引き出し始めた。レイスは足こそ怪我しているものの、この魔法にかかってはエキスパートクラスである。 「逃げたほうがいい。みんな、とにかく散れ!」 リブレが叫ぶと同時に、かんしゃく玉を放る。煙幕が辺りを包んだ。 しかし、レイスが片手を降りあげると、強風が起こった。煙幕は一瞬にして消しとばされ、四人の姿をくっきりと浮かび上がらせた。アイ、リブレ、リノの三人は背を向けているが、グランだけは詠唱を続けている。 「グラン、なにしてるんだいっ!」 アイが思わず止まって叫ぶが、グランは練り上げた魔力≠増幅させ、炎を作り出していた。 「怪我してるなら、チャンスじゃねえか。くらえ、『剛炎』!」 グランは掲げた両手から、炎の帯を発射した。 レイスは魔力≠フ壁をこしらえると、簡単にそれをはじきとばした。 しかし、グランの魔法は木々に着火し、辺りはあっと言う間に炎に包まれた。いくつかの木々が倒れるのをレイスはよけきれず、押しつぶされる格好になった。グランの大金星であった。 「わはは、ざまあみろ。結果オーライだぜ。そのまま焼け死にな!」 グランは背を向けて走り出した。 だが、全身を焼かれるレイスは紫色の煙を吐き出した。煙はすさまじいスピードでグランを包みこんだ。 「しまった。毒、か」 グランはのどを押さえながら倒れた。アイ、リノ、リブレの三人は、遠目からその様子を見ていた。 グランの名を叫びながら、アイが駆けた。しかし、燃え上がりながらもレイスは彼女を次のターゲットとして狙う。リノはとっさに理力≠送り込み、アイの身体能力を増幅する。 その一瞬の差が、明暗を分けた。レイスの放った電撃はアイの頬をかすめ、後ろの木をなぎ倒した。いっきに間合いを詰めたアイは、レイスの顔を一突きした。 「よし、次は消火! ほら、貸しなさい」 リノは瓶をリブレから受け取ると、燃え広がろうとする炎に向かって投げた。ガラスの割れる音と共に水がどんと吹き出し、山火事は未然に防がれた。 「グラン! グラン起きて!」 アイはぐったりしているグランを、必死になって揺さぶった。すると、彼の口から息が漏れた。生きている。アイは大きく息をついた。 だがその時、遠目にいたリノとリブレは見た。レイスが起きあがっている。明らかに瀕死ではあるが、あちらも生きていたのだ。アイの方向からでは見えていないようだ。レイスは最後の力を振り絞って、詠唱に入っている! 「アイ、危ない!」 アイが振り返った時には、レイスの放った炎が既に向かっているところだった。彼女はそれを、見つめることしかできなかった。 だが、その時だった。 グランが突如として起き上がり、アイを押し倒した。炎の呪文は湖に落ちて消えた。グランの腕には、既に魔力≠ェ満ちている。 「邪悪なる者よ、消え去れ」 グランが放った光は、レイスをあとかたもなく消滅させた。 「グ、グラン?」 アイが仰向けになりながら、さっきから覆い被さる格好になっているグランの顔を見る。彼と目が会うと、思わず目をそらしてしまう。 「……大丈夫か」 グランはまっすぐな瞳で彼女のことを見つめた。顔が近い。 「う、うん。大丈夫だからどいてよ」 無視して、グランはさわやかにほほえんだ。 「よかった。君が無事で、本当によかった……」 「えっ、あの、グラン?」 そこに、リノとリブレが歩いてきた。 「ふたりとも、なにやってるの」 すると、グランは顔をあげて起きあがった。アイはぼーっとしている。 「おお、仲間たちよ。君たちも無事だったんだね。火も消してくれたようで、うれしいよ」 三人は首をひねった。 「呪い?」 帰り道、馬車の中でリブレが言った。 「ほら、見て」 リノが小さく平べったい紫色のガラスを、馬を走らせるグランに向かってかざすと、彼の周りにまとわりつく魔力≠フようなものが写り込んだ。 「最初はただ単にふざけてるだけなのかと思ってたけど、さすがに馬車の運転まで申し出るのは異常だから調べてみたの。どうやらレイスにやられたみたい。呪われた人間って、その場で凶暴化するのがおきまりなんだけどね」 呪い。特殊異常状態のひとつ。魔力≠もって対象者の魔力≠変質させ、精神または肉体的な異常を引き起こす。これによりひとつの装備に執着して手放せなくなったり、リノの言うように暴れ回ったりする者もいる。 「なるほど、グランは元がああだから、呪われたことによって逆、つまり真人間になったんだな」 リブレはふふふと笑った。 「でも、いいのかい? あのままで」 対してアイは少し心配そうである。 「いいんじゃない? 魔力≠ェ呪いの力に影響されてああなってるだけなんだから、命に別状はないはずよ」 でも、と反論しようとしたところで、リノは手をあげて制すようにした。 「じゃあ、アイちゃんが払ってね。除呪代、十五万ゴールド。除呪師はみんな殿様商売なんだから」 アイは無言になった。 「いやあ、いい天気だなあ! 心地よい気持ちにならないか、みんなあ!」 グランが大声で言った。 |