Usual Quest
ユージュアル・クエスト

14.「グラン、呪われる」前編

 王都マグンを中心として広がるトンカ平原を、馬車で三十分ほど行ったところにある、山岳地帯シュージョ。

「あたしにまかせな!」
 アイは大声をあげながら、モンスターの一団に突っ込んでいった。バルーン(青)の五倍の戦闘力を持つゴブリンや、弓矢を武器とするモンスター・ロビンたちからすれば、それはまさに死の宣告に等しい意味合いを持っていた。
「ちょっと! いきりすぎよ。もっとクールになりなさい」
 リノは遠目からアイの様子を見ながら、傷を回復したり、支援魔法を送ったりしている。
 その時、ふいに上空から、ゴブリンが現れた。きっと木の上でチャンスを伺っていたのだ。
 思わず目を伏せたリノだったが、金属音が彼女を救った。
「君もね」
 リブレはショート・ソードを薙いで、ゴブリンをけとばした。
「ふん。たまには働くじゃないの」
 口ぶりとは裏腹に、リノの表情はどこかうれしそうである。

 アイが声をがなりたてながらランスを振り回すと、もう生き残っているモンスターはいなかった。
「ふう。暴れたりないね。リブレのおかげで、エンカウントが待ち遠しいよ」
 リブレは剣を納めながら口をとがらせた。
「悪かったね、さっきから俺でも勝てるような雑魚ばっかりが相手で。だったら次は、シェイムの大群と戦うかい? ちょっと離れにいるみたいだけど。まあ、全滅の危険性はあるけどね」
 リブレの挑発を受けて、アイは歯を見せて闘争心をむき出しにした。
「いいねえ。いっそ、どっちが多く倒せるか競争しないかい、リブレ?」
「おまえらなあ。ケンカしてねーで、クエストを優先しろよ。全く、プロ意識ってもんが足りないぜ」
 リノ、リブレ、アイはグランを見る。
「プロ冒険者のグランさんは、今までどこに?」
「体力を休めておいた」
「火炎魔法は、ここじゃ使えないもんね。それにしても、なんでついて来たの?」
 リノが冷たく言った。

 四人は、「ルーザーズ・キッチン」のマスターに頼まれて、この山岳地帯の湖にある水を汲みに来ていた。この時期、マスターは補充のために冒険者と共に来るらしいのだが、どうも腰を痛めたらしかった。四人にこのクエストの話をしながら、彼は腰を何度もさすっていた。

「お、あったぞ! きっとあれだ」
 リブレが、日光を浴びて輝く湖面を指さした。久々のまともなクエストとあってか、さっきから声がうわずっている。四人はそこに向かって走った。
「きれいな水だね。マスター、これでお酒を作ってるのかなあ」
 アイは水を手ですくいながら言った。
「さあ、早いところすませましょう。ルーザーズのお酒がなくなるなんて、想像したくもないわ」
 リノは袋から小さな瓶を何本か取り出すと、リブレたちに渡した。瓶には小さな魔石がついている。
「へえ、これかい。魔力≠ナ水を圧縮するっていう瓶は」
「うん、マスターの話だと、この瓶の五十倍くらいは入るらしいよ。一本につき五万ゴールド近くするらしいから、割らないように気をつけて」
 四人はおそるおそる、湖の水を汲んだ。

 瓶をいくつか積んだところで、リブレが突然声を張り上げた。
「モンスターがいる!……そこかっ!」
 リブレは投擲用ナイフを近くの木に向かって投げた。ナイフは木に突き刺さったが、その後すぐにどろどろと溶解した。
 そこから、木から分離するようにぼろ布をまとった骸骨が、片足を引きながら姿を現した。
「レイス……!」
 レイス。アンデットモンスター。アンデット族に属するモンスターではあるが、元は人間でなく魔界の住人である。魔王の部下がその半数以上を占める。強さはバルーン(青)の約八百倍。

 四人は凍り付いた。レイスはこの辺りでも最強の部類に入るモンスターだ。勝てる相手ではない。
「リブレ、てめえ……なんてタイミングで大チョンボかましてくれやがったんだ」
 グランが無表情のまま言った。すでに魔力≠練り、呪文の詠唱を始めている。
「きっと気配を消してたんだ。全く気が付かなかった。どうやら足をけがしているみたいだけど……ほかの冒険者にやられて、休んでたのか? どちらにせよみんな、すまない」
 リブレは剣を引き抜くと同時に、かんしゃく玉を用意した。
「どうする、逃げるかい。あの怪我なら、とんずらくらいはできそうだよ」
「議論してる暇はなさそうよ!」
 レイスは魔力≠引き出し始めた。レイスは足こそ怪我しているものの、この魔法にかかってはエキスパートクラスである。
「逃げたほうがいい。みんな、とにかく散れ!」
 リブレが叫ぶと同時に、かんしゃく玉を放る。煙幕が辺りを包んだ。
 しかし、レイスが片手を降りあげると、強風が起こった。煙幕は一瞬にして消しとばされ、四人の姿をくっきりと浮かび上がらせた。アイ、リブレ、リノの三人は背を向けているが、グランだけは詠唱を続けている。
「グラン、なにしてるんだいっ!」
 アイが思わず止まって叫ぶが、グランは練り上げた魔力≠増幅させ、炎を作り出していた。
「怪我してるなら、チャンスじゃねえか。くらえ、『剛炎』!」
 グランは掲げた両手から、炎の帯を発射した。
 レイスは魔力≠フ壁をこしらえると、簡単にそれをはじきとばした。
 しかし、グランの魔法は木々に着火し、辺りはあっと言う間に炎に包まれた。いくつかの木々が倒れるのをレイスはよけきれず、押しつぶされる格好になった。グランの大金星であった。
「わはは、ざまあみろ。結果オーライだぜ。そのまま焼け死にな!」
 グランは背を向けて走り出した。
 だが、全身を焼かれるレイスは紫色の煙を吐き出した。煙はすさまじいスピードでグランを包みこんだ。
「しまった。毒、か」
 グランはのどを押さえながら倒れた。アイ、リノ、リブレの三人は、遠目からその様子を見ていた。

 グランの名を叫びながら、アイが駆けた。しかし、燃え上がりながらもレイスは彼女を次のターゲットとして狙う。リノはとっさに理力≠送り込み、アイの身体能力を増幅する。
 その一瞬の差が、明暗を分けた。レイスの放った電撃はアイの頬をかすめ、後ろの木をなぎ倒した。いっきに間合いを詰めたアイは、レイスの顔を一突きした。
「よし、次は消火! ほら、貸しなさい」
 リノは瓶をリブレから受け取ると、燃え広がろうとする炎に向かって投げた。ガラスの割れる音と共に水がどんと吹き出し、山火事は未然に防がれた。

「グラン! グラン起きて!」
 アイはぐったりしているグランを、必死になって揺さぶった。すると、彼の口から息が漏れた。生きている。アイは大きく息をついた。
 だがその時、遠目にいたリノとリブレは見た。レイスが起きあがっている。明らかに瀕死ではあるが、あちらも生きていたのだ。アイの方向からでは見えていないようだ。レイスは最後の力を振り絞って、詠唱に入っている!
「アイ、危ない!」
 アイが振り返った時には、レイスの放った炎が既に向かっているところだった。彼女はそれを、見つめることしかできなかった。
 だが、その時だった。
 グランが突如として起き上がり、アイを押し倒した。炎の呪文は湖に落ちて消えた。グランの腕には、既に魔力≠ェ満ちている。
「邪悪なる者よ、消え去れ」
 グランが放った光は、レイスをあとかたもなく消滅させた。

「グ、グラン?」
 アイが仰向けになりながら、さっきから覆い被さる格好になっているグランの顔を見る。彼と目が会うと、思わず目をそらしてしまう。
「……大丈夫か」
 グランはまっすぐな瞳で彼女のことを見つめた。顔が近い。
「う、うん。大丈夫だからどいてよ」
 無視して、グランはさわやかにほほえんだ。
「よかった。君が無事で、本当によかった……」
「えっ、あの、グラン?」
 そこに、リノとリブレが歩いてきた。
「ふたりとも、なにやってるの」
 すると、グランは顔をあげて起きあがった。アイはぼーっとしている。
「おお、仲間たちよ。君たちも無事だったんだね。火も消してくれたようで、うれしいよ」
 三人は首をひねった。

「呪い?」
 帰り道、馬車の中でリブレが言った。
「ほら、見て」
 リノが小さく平べったい紫色のガラスを、馬を走らせるグランに向かってかざすと、彼の周りにまとわりつく魔力≠フようなものが写り込んだ。
「最初はただ単にふざけてるだけなのかと思ってたけど、さすがに馬車の運転まで申し出るのは異常だから調べてみたの。どうやらレイスにやられたみたい。呪われた人間って、その場で凶暴化するのがおきまりなんだけどね」

 呪い。特殊異常状態のひとつ。魔力≠もって対象者の魔力≠変質させ、精神または肉体的な異常を引き起こす。これによりひとつの装備に執着して手放せなくなったり、リノの言うように暴れ回ったりする者もいる。

「なるほど、グランは元がああだから、呪われたことによって逆、つまり真人間になったんだな」
 リブレはふふふと笑った。
「でも、いいのかい? あのままで」
 対してアイは少し心配そうである。
「いいんじゃない? 魔力≠ェ呪いの力に影響されてああなってるだけなんだから、命に別状はないはずよ」
 でも、と反論しようとしたところで、リノは手をあげて制すようにした。
「じゃあ、アイちゃんが払ってね。除呪代、十五万ゴールド。除呪師はみんな殿様商売なんだから」
 アイは無言になった。
「いやあ、いい天気だなあ! 心地よい気持ちにならないか、みんなあ!」
 グランが大声で言った。

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