Usual Quest
ユージュアル・クエスト

13.「勇者がやってきた」

 王都マグンは、南ゲートから少し行ったサン・ストリート。
 大きな声で笑いながら、グラン・グレンが走っている。
「待ちやがれ!」
 その後ろを、リブレ・ロッシが鬼気迫る表情で追う。
「よくもだましやがったな、グラン! もう今日という今日は絶対にゆるさない!」
「わははは! 気づくのが遅えんだよ。まだまだだねえ、リブレくんは。悔しかったら追いついてみな!」
 二人は、先刻まで「ルーザーズ・キッチン」でカード遊びをしていた。このゲームはお金を賭けることが一般的であるため、ふたりもひとゲームにつき、千ゴールドを賭けてこれに興じていた。二人の資産からすればけっこうな大勝負である。
 リブレが異変に気づいたのは、運の要素が強いはずのこのゲームで、十六連敗を喫した頃だった。十戦目あたりからその様子を見ていたリノ・リマナブランデが、呆れた顔でグランの腕を取ると、ローブの袖からカードが落ちた。彼は巧みにいかさまをしていたのだった。

「どけどけ、グラン様のお通りだ!」
 グランは道ばたの人々を突き飛ばしながら、全速力で角を曲がった。
 だが、曲がった先には猛スピードで走る馬車がいた。双方からすれば、突然目の前に現れた形になる。驚いた御者が手綱を引っ張ったが、リブレを含め、その場面を見ていた者は、誰もが悲惨な事故を予想した。
「くっ!」
 グランはとっさに腕をクロスして魔力≠増幅させ、いっきに飛散させた。はじけた勢いで彼の体は回転しながら宙へと投げ出された。
 馬車はコントロールを失い、すべるようにしてひっくり返った。

「あっぶねー……」
 なんとか着地したグランは、汗を吹いた。危機一髪だった。
「バカ野郎、気をつけやがれ!」
 運良く無事だった御者が怒り狂うのを見て、グランは背中を向けて逃げ出した。リブレがそれを追う。御者は逃がさんとばかりに駆けようとしたが、はっとしてすぐに倒れた馬車を振り返った。
「そうだ、お客さん! 大丈夫ですか!?」
 倒れた馬車の車輪部分に、立派な鎧を着た一人の男が余裕の表情で腰掛けていた。

「ホントに運がよかった。必死に魔力≠練り上げて、たまに遊びでやってる時みたいに暴発させたんだ。そしたら奇跡的に大ジャンプで馬車をよけられたってわけさ」
「いやもう、見てた俺も絶対にぶつかると思ったよ。心臓に悪かった。もう怒る気もうせたよ」
 酒場に戻ったふたりはなぜか得意顔で、さっきの話をした。興奮のせいか、テンションの高い彼らの様子を静観していたリノは、ひとしきり聞き終わってからため息をついた。
「全く、ガキなんだから。ちゃんと馬車を運転している人には謝ったわけ?」
「謝るもんか。あれは、町中をあんなスピードで走っていた馬車も悪い」
「悪かったな。私が急がせていたんだ」
 後ろから返答を聞いてグランが振り返ると、装飾のついた鎧を着た男が立っていた。
 腰に下げる立派な鞘のついた剣といい、その装備を見る限りでは、こんな酒場に来るような雰囲気ではない。
「なんだよ、あんたは」
「さっき君が倒した馬車に乗っていた者だ」
 すると、グランはいっきに青ざめた。
「げっ。よくここがわかったな」
「君の特徴をその辺の人に聞いたら即答だったよ。どうやら有名人らしいな、グレンくんは」
「それで、なんのようだ。仕返しにでもきたってのか。勝負なら受けてたつぜ……」
 グランはファイティングポーズを取るが、後ろ手でリブレのポケットからかんしゃく玉をぶん取った。逃げる気まんまんである。
「いや、勘違いしないでくれ。そんなことをしに来たんじゃない。グレンくん、私は『勇者』として旅をしているのだが……仲間になってみる気はないか」
 グランたちが声をあげるまえに、聞き耳をたてていた酒場中の人間が、一斉に彼のほうを振り返った。
「勇者!?」

 勇者。世界の平和をおびやかす魔王を倒すことを目的に、魔界を目指して旅を続ける冒険者のこと。レベルやギルドでの実績など、条件を満たした人間が、試験を経て各国の王から認められることによって資格を得る。「勇者」の資格を持つ者とそのパーティには、国から一定期間支援が送られるため、冒険者たちからは羨望のまなざしを受け続けている、まさに夢の職業である。
 王都マグンは魔界からかなり離れた地域にあるため、「勇者」が立ち寄ることは滅多にない。

 勇者フェリックス・ヘッケルスは、マグン王国の北に存在するラングウィッツ共和国の出身で、今から二ヶ月ほど前に旅立ったらしい。マグンに寄ったのは、本国よりも評判のいいマグン製の武具を仕入れるためとのことだった。
「これが勇者の証、共和国の紋章プレートだ」
 フェリックスは紋章の描かれた小さな石板を取り出した。中心には赤い魔石がくくりつけられている。酒場の連中、とくにリブレは食い入るようにそれを見つめた。
「すごい。間違いないよ、この人は本当に勇者なんだ」
 リブレがふるえた声で言った。
「勇者ってことでも驚きなのに、グランを仲間にって、どういうことだい」
 タイミングよくクエストから戻ってきたアイ・エマンドは不安げに聞いた。
「簡単なことだ。グレンくんの技量を見込んでさ」
 リノが例によってぶどう酒を吹き出した。
「あのー、何か大きな勘違いをしてらっしゃるのでは」
「とんでもない。私は確かに見た。馬車とはち合わせたグレン君が、一瞬にして魔力≠練って『フライング3』の魔法を使ったのをね。あの高等呪文を、あの速度、それもとっさに使えるなんて人間、私の国じゅう探したってそうはいまい。本当は魔術の町として名高いリスタルで魔術師を探すつもりだったんだが、こんなところに、掘り出し者がいたんだ」
 やはり、大きな勘違いをしていた。冷たい風が吹いた。
「はい、散った散った」
 リノが手をひらつかせると、ギャラリーはつまらなそうに席へと戻っていった。
「フェリックスさん、言いにくいんですけど、グランはそんな……」
 その時、グランがテーブルを強くたたいた。
「いい目利きだよ。まあ、いつかこんな日が来るとは思っていたけどね」
 アイが焦った様子でグランを呼んだが、彼にひとにらみされると、なぜか少しうれしそうにして黙った。
「どうだい。悪い話じゃないとは思うんだが。もちろん、それなりの金も出すつもりだ」
 フェリックスの問いかけにしばらくグランは悩んだ様子でいたが、小さくため息をついて言った。
「恐縮だが何日か、考える時間をくれないか」
 フェリックスは口の端をくいっと上げた。
「そうこなくちゃ。君ほどの魔術師だ、簡単に落とせるとは思っちゃいない。いいさ、しばらくここに滞在することにしたよ。もちろん、何が何でも君に決断させるつもりだがね」
 二人は少しゆがんだ笑みを交わした。フェリックスはそのまま出ていった。

「そんな……」
 アイは少し涙目になって、いすにへたりこんだ。リブレは彼女の肩を叩いてから、グランを真っ直ぐに見つめた。
「本気かよ、グラン」
 グランは不思議そうな様子だ。
「二人とも、なんでそんな顔してるんだよ」
「なんでって! だって、勇者の仲間になるんだろう?」
 それを聞いたグランは思わず笑いをこらえた。
「やっぱアホだな、おまえら。この俺様が勇者の仲間になんてなるわけねーだろ」
 アホ呼ばわりされた二人は椅子からすべり落ちた。リノはマイペースにジョッキをあおる。
「だったら、なんであんなこと言ったのよ。お金でもふんだくる気? そんなバレバレな詐欺、すぐに通報されて騎士団にしょっぴかれるわよ」
「おいおい、人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ。詐欺だなんて。こんなチャンス滅多にないだろ。……じゃあさっきのなしな。こうしよう。俺は本当に迷ってるんだ。だから何日かクエストにでもつきあってもらうんだよ。それで相性とか、いろいろと見極めてから決めるつもりだ」
 つまり、体のいい詐欺であった。

 翌朝、誰から聞いたのだろう、フェリックスはグランの家に現れた。
「グレン君、クエストでもあるなら付き合うぜ。まずは私の腕を認めさせる」
「こんな朝早くから行ってもしょうがないって。まずは、『ルーザーズ』で気付けの酒さ」
 フェリックスは眉をしかめた。
「こんな朝から、酒を飲むのか?」
「そうだよ。リラックスできるだろ」
「なるほどな。さすがはグレン君、今まで出会ってきた冒険者とはひと味違う」
 二人は酒を飲んでからクエストに出た。

「すげーな、あんた。バジリスクをあんなに軽々と倒しちまうなんてよ。しかも、魔石のおまけ付きたぁね」
 帰り道、グランは上機嫌だった。バジリスクはものを石化させる能力を持つ爬虫類形のモンスターで、初級から中級の冒険者からは特に恐れられている。
「バジリスクとの戦闘にはコツがある。あいつらが石化の液を吐き出す時に、一瞬だけ姿勢が下がるんだ。そこを一気にせめたてる訳さ。もちろんリスクはあるが、頭部にさえ喰らわなければ即死は避けられるし、ヒーラーさんが治してくれるからね」
 フェリックスはリノをちらりと見てほほえんだ。リノはわざとらしくえへへと笑う。彼女はそんな魔法は使えない。
「さぁて、魔石を換金して解散だ。フェリックス、その後つき合えよ」
「なんだ、まだクエストに行くのか」
「違うって。道具屋に行くんだよ。とても楽しいことが待ってる」

 三日が経った。フェリックスはまだグランを口説いている。
「どうだい。仲間としての実力は、もう十分に示したつもりだが。まあ、少しくらいは手伝ってもらいたかったところもあったがね」
 グランはテーブルに足をかけた。
「そうだな。あんたの戦闘力は本当に申し分ない。おかげで稼がせて……いや、なんでもない。そうだな。次はこいつで勝負と行こうぜ。運を見たい」
 グランはそう言ってカードの束を放った。
「なるほど。確かに力だけでは、真の勇者とは言えまい。どんな強者でも、トラップにでもひっかかったらあの世行きだ。さすがは私の見込んだ男だ。わかった。勝負しよう」

 一週間が経った。
「グレン、今日はどこに行くんだ。おっと、もうカードはやめてくれよ。これ以上資産を減らされたらたまらん」
 フェリックスは例によって現れた。
「今日は……うーん、そうだな。なにもしない日だ」
 グランはソファに寝転がりながら言った。
「なにもしない日?」
「ああ。だるいから……じゃなくて、体を休めつつ、心の中でトレーニングをするんだ」
 フェリックスは手を叩いた。
「なるほど! イメージトレーニングというわけか。精神鍛錬は確かに重要だな。実は私も、今日はクエストはやりたくなかったんだ。終わったら道具屋に行こう」

 半月が経過した。
「グレンよ」
 グランの家の床に寝転がりながらフェリックスは言った。
「なんだよ」
「今日もクエストはやめだ。精神鍛錬を行おう」
「またかよ。ったく……。じゃあ一人でどうぞ。俺リブレと郵便配達だから」
「終わったら道具屋か?」
「いや、今日はいいや」
「それなら、私一人で行くよ」
 グランは無言で家を出た。

 そして一ヶ月の時が流れた。
「おいグラン、近頃フェリックスさん見かけないな。どこ行ったんだ」
 郵便配達の帰り、リブレがバルーンをつつきながら言った。
「ああ、おとといラングウィッツに帰った」
「えっ!? じゃあ、あきらめたのか」
 グランは腕を交差して魔力≠練る。炎の玉が青いバルーンをおそった。
「いや……金欠で勇者の証を道具屋に売っちまったらしくて、それがばれて騎士団にしょっぴかれたんだ。重罪だからな、国外追放だよ。泣いて懇願するもんだから、せしめた金の大部分も返しちまった」
 リブレは少し黙ったあと、くすくすと笑った。
「まあ、あんな立派な人がグランなんかと付き合ってたら、そうなるわな」
「どういう意味だよ。……俺は、普段通りに生きてただけだぜ。悪いのはついてこれなかったあっちの方さ。見込みないぜ」
 二人は酒場に向かった。その夜は、やけにアイの機嫌がよかった。

戻る