王都マグンは、サン・ストリート沿いの酒場「ルーザーズ・キッチン」。 「ぶえっくし」 魔術師グラン・グレンは、大きな声でくしゃみをした。 「バッチイな。何回目だ。あとうるさい」 「ぶえっくし」 剣士リブレ・ロッシの注意もむなしく、グランの飛沫はリブレの食べるパスタの皿に吹きかけられた。 「さっきからなんなの、グラン? 風邪かい」 ランサーのアイ・エマンドが、いすを後ろに向けた。 「違うわよ。だってバカは、風邪引かないのよ」 ヒーラーのリノ・リマナブランデはぶとう酒をぐいっと飲み込んだ。 「おい、誰がバカだ。確かに、きょうは泉の近くにある草むらに一日張ってたけどね。ぶえっくし」 「じゃあ、バカでも引く風邪ってとこね。注意よ。そこの君」 リノはリブレに視線をうつした。 「おいおい、やめてくれよ。俺はバカじゃないもん。移ったりするもんか。へっくし」 リブレのくしゃみを聞いて、グランが大笑いする。 「バカだ、バカだ。ぶえっくし」 「なにを。おっさんしか水浴びにこなかったくせして。へっくし」 「いわんこっちゃない。二人とも、もう帰りなよ」 アイが腕を組む。グランは体をふるわせた。 「ああ、寒気までしてきやがった。マジで風邪らしいぜ。もう帰るわ。マスター! つけといて」 キッチンから怒号と包丁がとんだ。 「なにしやがる! もっと客を大事にしやがれ。なに。てめーなんて客じゃねえ、と。まあ、ごもっともだ。……じゃあな」 グランは去っていった。 「あれの、どこが好きなの」 リノは、アイに聞こえるようにつぶやいた。 「へっくし。あーあ、俺もみたいだ。今日はゆっくり休むよ。マスター! 俺、今日は金ないから! 殺したってむださ!」 キッチンから栓抜きやらなにやらが飛んできた。 「けがさせたら、慰謝料だぜ! 今までのつけを精算するから、もっと投げて! ああ、いや、その……。すみませんでした、はい。ええ、ちゃんと払いますんで……」 リブレは小銭を置いて去っていった。 「あんた、あれに好かれてるんだよね」 アイは敢えてリノを見ずに言った。 「あの二人って、本当にくずよね」 リノは悪口モードに突入した。他人の悪口を言うことは、彼女にとって最高の肴である。 「でもグランは、たまに優しかったりするんだよ」 「あらそうなの。だったら処女も優しく奪ってもらうのね」 アイはみるみるうちに赤くなり、下を向いて押し黙った。 「もう、めんどくさいわねー。せめて耐性をつけなさいよ。あんっ」 アイはリノをにらんだ。 「へ、変な声出して、からかわないで」 「いや、さっきのはくしゃみよ。あんっ」 リノは口もとを押さえた。 「変なくしゃみだね。なんかエッチだし。ぶえっくしょい!」 「……それよりはまし。あんっ」 二人は帰宅した。 「そういうわけで、あいつとは別れることにしたわけ」 アーチャーのミランダ・リロメライは、足を組んだ。 「なんだよ、勘弁しろよな。ヒーラーがいないと、明日のクエストが成立しないだろうが」 ソードマンのロバート・ストラッティは不満顔だ。 ミランダの彼氏は、優秀なヒーラーだった。彼らは明日、キーバライの森に行くつもりでいた。 「大丈夫よ。リノを呼ぶもん」 「あの子は気まぐれだろ。来てくれなかったらどうする」 「まだ『あの子』なの? 言っておくけど、あんたよりずっと年上なんだからね。っくし」 ミランダは口元を押さえた。 「どうした、風邪か? 体調管理がなってない証拠だ。男とばっかり遊んでるからこうなるんだ。少しは徹底した自己管理をだな、っしょい!」 ミランダはうれしそうに彼を見る。ロバートは口をへの字に曲げた。 「もう帰ろう。そうだ、別れたんだろ? だったらどうだ、俺と」 「今日は体調管理って奴に気をつかいたいから、やめておくわ」 二人は店を出た。 「セーナちゃん、今日は大活躍だったわねえ」 ランサーのジェシカ・ハザンライドは着席しながら、満足そうに今日の狩りを思い返した。 「たまたまですよ」 同じくランサーのセーナ・メーシーズは、思わず頭をかいた。しかし、大金星だった。ウィンザムをたったひとりで倒したのだ。さらに、そこから魔石も見つかった。その時点で、この日の狩りをやめてしまってもいいくらい、高価なものだった。 「いや、君ほど伸びが早い子は久しぶりに見た気がするよ。近頃、のろけてばかりのジェシカを抜く日も来るんじゃないのか」 ヒーラーのコリンズ・バイドも頷く。ジェシカはそれでも余裕そうだ。 「ふられたからって、ひがむのはお門違いじゃない、コリンズ。おっと、ダーリンとの待ち合わせに遅れちゃうわ。さあ、解散しましょう。くしゅん」 「ジェシカさん、風邪ですか?」 ジェシカはため息をついた。 「ああ、さっき大きなくしゃみしながら歩いてる魔術師がいたでしょ。あの男にうつされたみたい。くしゅん」 「ああ、グランさんのことですね」 コリンズはいすに寄りかかった。 「あぁ、あのハンサム野郎が、悪名高いグラン・グレンだったのか。セーナちゃん、知り合いだったのかよ。なんで声をかけなかったんだい」 「うーん、あの人は確かにハンサムですけど、それだけなんで……へくし!」 「ナチュラルにひどいね、きみ。ばっしゅ!」 三人は解散した。 「これをくれ」 郵便局員のゲレット・ギラールは、本をカウンターに置いた。 「おやっさんじゃないの。まーたこっちまで来たんですかい」 奥からやってきた古本屋のジョセフ・マルティーニは、手慣れた手つきで本のナンバーをメモし始める。だが、途中で手が止まった。 「え……月刊メリッサですか、おやっさん」 「なんだ、なにか悪いことでもあるのか?」 ゲレットはそれを気にしていたのか、一気に機嫌を損ねたようだった。ジョセフはそれを見て、あわてて取り繕った。 「い、いやあ、若いなあって。その……いい趣味をしてらっしゃる。ぶっしゅ!」 「風邪か?」 「え、ええ。さっきアイちゃんが来た時、うつされたかな。彼女もこれを買っていったんですよ」 「なに、アイの奴もこういう本を読むのか! まったくけしからん奴だ! べっしん! くそ、うつったじゃないか。おまえもけしからん! べしん!」 ゲレットは西の広場に向かった。 「いよいよ明日か」 とある洞窟で、モンスターAが言った。 「ああ、いよいよ本腰を入れて攻め込むらしい。魔王様も、ようやく魔界の内戦を終わらせたところだというのに、さすがだ」 モンスターBは頷きながら腕組みする。 「永きに渡り、こちらに派遣されていた我ら幹部候補も、やっと報われるというものよ。腕がなりよるわ」 モンスターCは自慢の槍で素振りを始めた。 「おお。明日は思う存分、暴れてやろうではないか! まっしゅ!」 Aのくしゃみを聞いて、Bは壁に拳をうちつけた。 「なんじゃ貴様、たるんでおるぞ! だっくしゃ!」 Cはそれを見て、乾いた笑いを向けた。 「そういうお前もな。どうやら、未来の幹部はこの私で決まりのようだな。ククク……。クシュン。」 その時、モンスターDがやってきた。 「おい、三人とも。明日の決起、中止になったっぽいぞ」 「どうして!」 声をそろえるA、B、Cに、Dはしれっと言った。 「魔王様、風邪引いたんだってよ。それで、怒った地区幹部たちがまた内戦を始めたらしい。もうけたもうけた。これでまた、しばらく遊べるな」 |