Usual Quest
ユージュアル・クエスト

12.「風邪にご注意を」

 王都マグンは、サン・ストリート沿いの酒場「ルーザーズ・キッチン」。

「ぶえっくし」
 魔術師グラン・グレンは、大きな声でくしゃみをした。
「バッチイな。何回目だ。あとうるさい」
「ぶえっくし」
 剣士リブレ・ロッシの注意もむなしく、グランの飛沫はリブレの食べるパスタの皿に吹きかけられた。
「さっきからなんなの、グラン? 風邪かい」
 ランサーのアイ・エマンドが、いすを後ろに向けた。
「違うわよ。だってバカは、風邪引かないのよ」
 ヒーラーのリノ・リマナブランデはぶとう酒をぐいっと飲み込んだ。
「おい、誰がバカだ。確かに、きょうは泉の近くにある草むらに一日張ってたけどね。ぶえっくし」
「じゃあ、バカでも引く風邪ってとこね。注意よ。そこの君」
 リノはリブレに視線をうつした。
「おいおい、やめてくれよ。俺はバカじゃないもん。移ったりするもんか。へっくし」
 リブレのくしゃみを聞いて、グランが大笑いする。
「バカだ、バカだ。ぶえっくし」
「なにを。おっさんしか水浴びにこなかったくせして。へっくし」
「いわんこっちゃない。二人とも、もう帰りなよ」
 アイが腕を組む。グランは体をふるわせた。
「ああ、寒気までしてきやがった。マジで風邪らしいぜ。もう帰るわ。マスター! つけといて」
 キッチンから怒号と包丁がとんだ。
「なにしやがる! もっと客を大事にしやがれ。なに。てめーなんて客じゃねえ、と。まあ、ごもっともだ。……じゃあな」
 グランは去っていった。
「あれの、どこが好きなの」
 リノは、アイに聞こえるようにつぶやいた。

「へっくし。あーあ、俺もみたいだ。今日はゆっくり休むよ。マスター! 俺、今日は金ないから! 殺したってむださ!」
 キッチンから栓抜きやらなにやらが飛んできた。
「けがさせたら、慰謝料だぜ! 今までのつけを精算するから、もっと投げて! ああ、いや、その……。すみませんでした、はい。ええ、ちゃんと払いますんで……」
 リブレは小銭を置いて去っていった。
「あんた、あれに好かれてるんだよね」
 アイは敢えてリノを見ずに言った。

「あの二人って、本当にくずよね」
 リノは悪口モードに突入した。他人の悪口を言うことは、彼女にとって最高の肴である。
「でもグランは、たまに優しかったりするんだよ」
「あらそうなの。だったら処女も優しく奪ってもらうのね」
 アイはみるみるうちに赤くなり、下を向いて押し黙った。
「もう、めんどくさいわねー。せめて耐性をつけなさいよ。あんっ」
 アイはリノをにらんだ。
「へ、変な声出して、からかわないで」
「いや、さっきのはくしゃみよ。あんっ」
 リノは口もとを押さえた。
「変なくしゃみだね。なんかエッチだし。ぶえっくしょい!」
「……それよりはまし。あんっ」
 二人は帰宅した。

「そういうわけで、あいつとは別れることにしたわけ」
 アーチャーのミランダ・リロメライは、足を組んだ。
「なんだよ、勘弁しろよな。ヒーラーがいないと、明日のクエストが成立しないだろうが」
 ソードマンのロバート・ストラッティは不満顔だ。
 ミランダの彼氏は、優秀なヒーラーだった。彼らは明日、キーバライの森に行くつもりでいた。
「大丈夫よ。リノを呼ぶもん」
「あの子は気まぐれだろ。来てくれなかったらどうする」
「まだ『あの子』なの? 言っておくけど、あんたよりずっと年上なんだからね。っくし」
 ミランダは口元を押さえた。
「どうした、風邪か? 体調管理がなってない証拠だ。男とばっかり遊んでるからこうなるんだ。少しは徹底した自己管理をだな、っしょい!」
 ミランダはうれしそうに彼を見る。ロバートは口をへの字に曲げた。
「もう帰ろう。そうだ、別れたんだろ? だったらどうだ、俺と」
「今日は体調管理って奴に気をつかいたいから、やめておくわ」
 二人は店を出た。

「セーナちゃん、今日は大活躍だったわねえ」
 ランサーのジェシカ・ハザンライドは着席しながら、満足そうに今日の狩りを思い返した。
「たまたまですよ」
 同じくランサーのセーナ・メーシーズは、思わず頭をかいた。しかし、大金星だった。ウィンザムをたったひとりで倒したのだ。さらに、そこから魔石も見つかった。その時点で、この日の狩りをやめてしまってもいいくらい、高価なものだった。
「いや、君ほど伸びが早い子は久しぶりに見た気がするよ。近頃、のろけてばかりのジェシカを抜く日も来るんじゃないのか」
 ヒーラーのコリンズ・バイドも頷く。ジェシカはそれでも余裕そうだ。
「ふられたからって、ひがむのはお門違いじゃない、コリンズ。おっと、ダーリンとの待ち合わせに遅れちゃうわ。さあ、解散しましょう。くしゅん」
「ジェシカさん、風邪ですか?」
 ジェシカはため息をついた。
「ああ、さっき大きなくしゃみしながら歩いてる魔術師がいたでしょ。あの男にうつされたみたい。くしゅん」
「ああ、グランさんのことですね」
 コリンズはいすに寄りかかった。
「あぁ、あのハンサム野郎が、悪名高いグラン・グレンだったのか。セーナちゃん、知り合いだったのかよ。なんで声をかけなかったんだい」
「うーん、あの人は確かにハンサムですけど、それだけなんで……へくし!」
「ナチュラルにひどいね、きみ。ばっしゅ!」
 三人は解散した。
 
「これをくれ」
 郵便局員のゲレット・ギラールは、本をカウンターに置いた。
「おやっさんじゃないの。まーたこっちまで来たんですかい」
 奥からやってきた古本屋のジョセフ・マルティーニは、手慣れた手つきで本のナンバーをメモし始める。だが、途中で手が止まった。
「え……月刊メリッサですか、おやっさん」
「なんだ、なにか悪いことでもあるのか?」
 ゲレットはそれを気にしていたのか、一気に機嫌を損ねたようだった。ジョセフはそれを見て、あわてて取り繕った。
「い、いやあ、若いなあって。その……いい趣味をしてらっしゃる。ぶっしゅ!」
「風邪か?」
「え、ええ。さっきアイちゃんが来た時、うつされたかな。彼女もこれを買っていったんですよ」
「なに、アイの奴もこういう本を読むのか! まったくけしからん奴だ! べっしん! くそ、うつったじゃないか。おまえもけしからん! べしん!」
 ゲレットは西の広場に向かった。

「いよいよ明日か」
 とある洞窟で、モンスターAが言った。
「ああ、いよいよ本腰を入れて攻め込むらしい。魔王様も、ようやく魔界の内戦を終わらせたところだというのに、さすがだ」
 モンスターBは頷きながら腕組みする。
「永きに渡り、こちらに派遣されていた我ら幹部候補も、やっと報われるというものよ。腕がなりよるわ」
 モンスターCは自慢の槍で素振りを始めた。
「おお。明日は思う存分、暴れてやろうではないか! まっしゅ!」
 Aのくしゃみを聞いて、Bは壁に拳をうちつけた。
「なんじゃ貴様、たるんでおるぞ! だっくしゃ!」
 Cはそれを見て、乾いた笑いを向けた。
「そういうお前もな。どうやら、未来の幹部はこの私で決まりのようだな。ククク……。クシュン。」
 その時、モンスターDがやってきた。
「おい、三人とも。明日の決起、中止になったっぽいぞ」
「どうして!」
 声をそろえるA、B、Cに、Dはしれっと言った。
「魔王様、風邪引いたんだってよ。それで、怒った地区幹部たちがまた内戦を始めたらしい。もうけたもうけた。これでまた、しばらく遊べるな」
 

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