Usual Quest
ユージュアル・クエスト

1.「魔術師グランと剣士リブレ」


「なあ」
 開けた草原の中で、グランは声をあげた。
「なんだよ」
 すぐ先を歩くリブレは足を止めて振り返った。
「やってられねーよ、こんな仕事。さっさとふけようぜ」
「ばかいうな。こんな仕事でも、クエストはクエストだ。途中で逃げ出したりしたら、仕事が回ってこなくなるぞ」
 リブレは手に持っていた袋を肩にかけなおした。「それに、おまえが参考書を買いたいっていうから、今日は手を貸してやったんだ。あれは、うそだったのか」
「ああ、よくわかったな。実は嘘だったんだ。もう嘘でいいから帰ろうぜ」
 グランはしれっと言った。リブレはもう、無視することにした。ぶつぶつ言いながらも、グランは後ろからついてくる。彼も、仕事を放り出してしまっていいとは、本気では思っていない。

 しばらく歩いていると、前方から小さな何かが、ふわふわと近づいてくるのが見えた。リブレは目を細めた。
「おっ、バルーンだ」
「モンスターか。色は」
 グランは腰の鞄から小さな杖を取り出した。
「青。いいカモだ」
「よし、じゃあ俺が狩る」
「ダメだ。経験値は折半って約束、って、こら!」
 リブレが言い終わる前にグランは駆けていった。リブレもすぐに追随する。

 バルーンは円形で半透明の小さなモンスターで、このあたりに生息する中ではいちばんに弱い。さらに青のバルーンは、最弱中の最弱、どうして絶滅しないのかが不思議なくらいの弱さだった。

 リブレが追いつくころには、グランは杖でバルーンをめちゃめちゃにしていた。
「やあ、おそかったね」
「おい、なんてことするんだよ! 俺だって、経験値が欲しかったのに」
 グランは手をかざした。
「ああ。悪い悪い。リブレ君にもとっとこうと思ったんだけどさ、こいつ弱くて……」
「もう、ゆるさんぞ。この場でたたっ斬る!」
 リブレはロング・ソードの柄に手をかけた。しかしグランは表情を変えない。
「おいおい、勘弁しろよ。そんなサビサビソードで斬られたら、しばらく風呂に染みて困っちまうぜ」
 リブレはぴくぴくと震えた。そう、彼の剣はサビだらけで、使いものにならなかった。
「いい加減買い直せば」
「そんなポンポン買い直せたら苦労しないよ。魔術師のお前にはわからない」
「だって、それもう二年くらい使ってるだろ。お前も、金ないのか」
 リブレは何も言わずに歩きだした。

「遅い!」
 マタイサの町の郵便局員は、開口一番こう言った。カウンター越しに立つリブレとグランは、ばつが悪そうだ。
「お前ら、マグンからここまで来るのに何時間かかってるんだ! 走ってくれば、三十分もかからんだろうに!」
「おいリブレ、あの休憩はやっぱりよくなかったようだぞ」
 グランがそんなことを言うものだから、郵便局員はことさら激しく彼らを叱った。リブレが必死にグランを押さえつけ、土下座すると、なんとか局員は怒りをおさめた。
「これまで、いろいろなパーティに郵便配達の仕事を頼んできたが、お前らは最悪だ! さあ、約束の一万ゴールドだ。とっととうせろ!」
「ぜひ、またご利用を」
 グランが帰り際に言い放つと、局員は灰皿をドアに投げつけた。
「全く、あいつら。郵便配達をなめてやがるんだ」
「ゲレットよ、だったらなんであのくそ剣士のリブレ・ロッシと、あほ魔術師のグラン・グレンのバカコンビに仕事を頼むんだよ」
「まあ、逃げたりはしないからな。あいつらこの仕事がなくなったら、くいっぱぐれちまわあ」
 局員のゲレットは同僚と笑った。

 ふたりはとぼとぼと草原を引き返した。空はもう夕暮れだ。
「今日は一段とすごかったな、ゲレットのおっさん」
 よくもこんなことがいえるもんだと、リブレは思わず関心した。全部自分のせいなのに。休憩をしようと言い出したのもグランなのだ。
「ともかく、これで五千ゴールド獲得だ。これで参考書も買えるんじゃないか」
「でも剣は買えないね、残念だね。ところで俺がほしい参考書は一万ゴールドなんだ。リブレ君の五千ゴールドがあれば買える」
「おいおい、仲間にたかるなよ。いい加減にしろ!」
「いいじゃん、くれよ。今度手伝ってやるからさ」
 リブレはまた、ロング・ソードの柄を握りしめた。
「誰が! 炎系魔法しか使えない魔術師の手なんか借りるものか!」
「なんだと。俺だって、サビサビロング・ソードしか持ってないかわいそうな剣士となんか、パーティ組みたくねえよ!」
「お前、今のは言ってはならないことだったぞ!」
「うるせえ!」

 二人が言い争いをしていると、ずしん、ずしんと地響きが聞こえた。二人はその方向に振り返った。
 目の前に、大きなモンスターがいた。
「おい、こいつってまさかオーガじゃないの。どうしてこんなところに」
「いや、オーガじゃない。角が二本ある。ダブル・オーガだ!」

 オーガ。二人が住む王都マグンの中でもいちばんの強さを誇るモンスター。ごくまれに現れる。人間三人分ほどの巨体で、気性も荒く攻撃的。おまけに逃げる人間を見ると追いたくなるというイヤな性格。角が多くなるほどレベルが高く、ダブル・オーガはその中でも最強中の最強。高レベルパーティでも苦戦を強いられる強敵。

 ダブル・オーガは牙をならし、右腕を大きく掲げた。二人はとっさに後ろへととんだ。
 轟音が響いた。
 リブレはなんとか立ち上がった。見ると、その辺りの地面がまるまるえぐれていた。とてもではないが、彼らがまともに戦えるようなレベルの相手ではない。どんなにダブル・オーガが手を抜いたとしても、当たれば必殺である。

 しかし、リブレもグランも、不満げにそれを見つめるだけだった。
「リブレ」
「おう」
「わかってるな」
「ああ、俺たちの力を思い知らせてやろうぜ」
 二人はダブル・オーガに向かっていった。

 ダブル・オーガは目の前の敵を見据えて、今度は口から炎のブレスを発射した。
「はい、こんなもん相殺……」
 グランは腕をクロスさせて、魔力≠練る。
「は、無理だから、頼んだぞリブレ」
「知ってます」
 リブレはグランの腕に足をかける。不安定になった魔力≠ェはじけて、リブレを宙へと投げ飛ばした。
 リブレは柄ではなくその手前のポケットに手を突っ込んだ。
「いでよ! 爆裂!炸裂弾!」
 リブレはダブル・オーガの目の前で丸いものを投げつけた。
 乾いた破裂音がその場に響いた。

 ダブル・オーガが何が起こったのかわからずに怯んだのは、わずか五秒であった。
 だが、二人にとっては、その五秒があれば十分だった。
 ふたりは姿を消した。
 つまり、逃げ出した。

 二人がマグンの町に戻ったのは、それから数時間後だった。
「ったく、ついてないな。まさかダブル・オーガとは」
 グランは金髪をかきあげた。
「俺としたことが、気づかないなんて。炸裂弾を持っておいて正解だった」
「あれあれリブレさん。あんたいつもそれ持ってるよね」
「そういうグラン先生も、去り際になんかやってたけど、オーガの奴は気づきもしてなかったよね。あれ攻撃魔法のつもりだったんですか。……もうケンカは疲れたよ。飯食おうぜ、幸い金もある」
「ああ、いいね。俺はビールが飲みてえよ。五千ゴールド分たんまり飲んでやる」
 二人は酒場へと歩いていった。
 これだから、この二人はユージュアル・クエスト止まりなのだ。

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