王都マグンは、南ゲートから進んだ先にあるサン・ストリートの酒場「ルーザーズ・キッチン」。 まだ昼間だというのに、店内は今日も喧噪に包まれていた。 「だからさ、俺様はくだらない枠ってモンにとらわれたくないワケよ」 得意げに言ってグラスをカウンターに置いたのは、魔術師のグラン・グレン。 長い金髪と、ビー玉みたいに透き通った碧眼。物腰に気品があり、かなり整った容姿をしているが、そうモテるわけではない。その性格を知るや否や、街の女性たちはガッカリした顔を浮かべ、彼を敬遠するのである。 「そこ、わかるかな? リブレくん」 「……」 隣に座るのは、剣士のリブレ・ロッシ。 黒い瞳に、草原を思わせる緑色の髪。剣士というにはかなりの軽装で、いかにもなスピードタイプ。しかし、そのスピードを生かした攻撃を見ることができる機会は非常にまれだ。一見、まじめそうな顔をしているが、彼の場合はたまたま、そういう顔に生まれついただけである。 「じゃあ、この本に書いてある火炎魔法を覚えていかないっていうのか。それじゃこの間誘われたクエスト、どうするんだよ。それが参加条件なんだぞ」 リブレは納得いかなげな顔で、カウンターに置かれた本に目をやった。魔術書のようだ。 グランはそれを見て、焼き鳥をほおばりながら笑った。 「もちろん『ファイア3』が使えた方が魔術師としての見栄えはいいだろうよ。でもさ、あれダサいじゃないの、チョロチョロって出る、いかにも下級魔法って感じでさ。俺だったら『炎衝波』って名前にして、もっと最後にドカーっと爆発するカッコいい魔法にするね。いや、もうそれを開発することにした」 「そういう問題じゃないだろ? もうリノに参加するって言っちゃったんだから。どうするんだよ?」 「その日までに『炎衝波』を完成させとくよ。それでいいだろ」 「今度は、まともな魔法なんだろうなあ……」 先日、グランが開発した「斬新かつ強力なオリジナル魔法」の大爆発に巻き込まれて死にかけたことを思い出したリブレは、大きなため息をついた。グランは気に食わなさそうな顔をする。 「そういうオメーも、あのサビたロング・ソード、そろそろなんとかしろよ。剣士が剣を腐らせてるなんて、シャレにもならねーぞ」 「なんで?」とリブレは首をかしげた。 「俺、別に戦う気ないし」 「……仮にも剣士だろ、おまえ」 「おまえらなあ……そのやる気のなさ、なんとかしろよ!」 ふたりの会話がとぎれたところで、それまで傍観していた酒場のマスターでふとっちょなおじさん、ルーカス・サンダーランドがドカンとカウンターをたたいた。 「聞いてるこっちも無気力になっちまう。とくにリブレ、お前は勇者になるのが夢なんじゃなかったか? そんな中途半端な気持ちで生きていていいのか?」 「もちろん勇者は俺の夢さ。でもさマスター、別にクエストをがんばったから勇者になれるわけじゃないんだよ? 俺の勇者への道は、もっと別のところにあるんだよ」 グランががははと笑う。 「よく言うぜ。モンスターが怖いだけなくせに。勇者なんて無理に決まってら」 リブレが彼の胸ぐらをつかんだ。 「なんだとグラン! 表に出ろ!」 「表に出てなにをするんだよ。そのサビサビ・ロングソードで曲芸でも見せてくれるのか?」 「お前こそ、またヘンテコな魔法の暴発で店を焼くなよ。次は弁償させるって言われてるだろ」 「てめー、言ってはならないことを!」 「いいかげんにしろ!」 とうとう、2人の頭部に鉄拳を食らわせるマスター。リブレもグランも、全く同じタイミングで頭を抱えてカウンターに突っ伏した。 「まったく。……ところでお前ら、今日のクエストはいいのか。もう、予定の時間を10分は過ぎているはずだが」 「いいのいいの」 突っ伏したまま、グランが手を振った。 「ゲレットのおっさんはバカだからさ。『モンスターが出たんですう』って頭を下げれば、大丈夫だよ」 マスターのこめかみに血管が浮いた。 「ほーう。だが貴様ら、重要なことを忘れてないか。そのクエストをかわいそうなお前らに斡旋したのは、どこのマスターだったかな!? ええっ!?」 ドカンとカウンターが揺れる。さすがにまずいと察したリブレとグランは、その場を飛び上がって席を立ち、店のドアに向かって走り出した。 「男前のルーカス・サンダーランド様! 行ってきまーす!」 「マスター、大好きだよ! 俺たちの恩人! だから今日の酒代はツケといてくださーい!」 マスターは仕方なさそうに腰へと手をやった。 「ったく……」 「マスター、あのクズどもにクエストを紹介したのかい?」 隣に座っていた客が、彼に問うた。 「ああ、泣きつかれちまったからな。1か月くらい前からやってもらってるよ」 「よくもまあ、あいつらなんかに……。それで、何のクエストなんだ? モンスター退治か? それとも商人の護衛?」 「……郵便配達だよ。マタイサの町へのな」 マスターは思った。 「勇者への道」とやらが本当に郵便配達なのだとしたら、この世は勇者で溢れかえっているだろうよ、と……。 「遅い!」 王都マグンから少し離れた場所にある小さな町、マタイサの郵便局。 郵便局の壮年職員、ゲレット・ギラールは開口一番怒鳴った。 「すいません、実はモンスターが出てしまって……」 リブレが、用意していたウソを言いながら頭を下げる。 しかし、ゲレットはただでさえ多い顔のしわを、さらにくしゃくしゃにした。もともと強面の彼は、怒るとモンスターよりも恐ろしい表情を浮かべると有名だ。 「またか! 毎回毎回、あの街道に冒険者のお前らが苦戦するようなモンスターが出てたまるか!」 「ホントなんですよ」とリブレ。 「なんとあのダブル・オーガが出たんです。この界隈で最強のモンスターですよ。俺たちは命からがら逃げてきたんです。それでもこの郵便物だけは! と必死に守り抜いたんですよ」 「そうそう、そういうコト。だからおっさん、そう怒らないでくれよ。いいだろ、ちゃんと郵便物は持ってきたんだからさあ」 グランが全く反省を見せないので、ゲレットは怒りにぴくぴくとふるえる。リブレが止めに入るものの、グランは意にも返さない。 「魔術師グラン、きさま……ナメた態度を取っていると、いいことはなにもないぞ。これまで、色んなパーティにこの仕事を頼んできたが、お前らは最悪だ!」 「おっさん、ちょっとカリカリしすぎだよ。リラックスして。もっと楽しくやろうぜ」 「きさまらみたいなのと、楽しくできるかーっ! もう完全に怒った。ルーカスに言って、お前らをクビにしてやる!」 そう言われて、リブレの顔色が変わった。彼はグランと違って、この仕事をなんとか続けたいと考えているのである。 「お、おいグラン。ちゃんと謝らないとやばいぞ……」 リブレは小声で言ったが、グランは余裕しゃくしゃくといった様子で薄笑いを浮かべている。 「いいから見てな」 ゲレットは猛烈な勢いで何かを紙に書き始めた。「ルーカス・サンダーランド宛」と書いてあるところを見ると、マスターへの書状のようだ。 「見てろ。この手紙がルーカスに届いたら最後、貴様らは職を失うことになる……。今から謝っても遅いからな!」 グランはゲレットのデスクまで歩いていき、その手をはっしと止めた。 「ねえねえおっさん、おっさんよお」 「なんだ! じゃまするな!」 「ちょっと待ってくれ。大切なことを言うのを忘れてたよ。王都のレイニー・ストレートの宿屋のこと。覚えているかい」 「……!」 ゲレットの表情が変わる。グランはそれを見て、にやりと笑う。 「お、覚えているようだね。そうだよ。あの、巨乳の金髪美人・ジェイニーちゃんがいる店だ」 「お、大きな声で言うな……!」 「こないだもあそこを利用して、彼女と楽しいひとときを過ごしたらしいね?」 「グラン、わかったから小さな声で言え……!!」 周囲の同僚たちのデスクをきょろきょろ見ながら、焦るゲレット。グランはひとしきりその様子を見て楽しんだあと、彼に耳打ちした。 「ジェイニーちゃんは、あんたをいたく気に入っているようだ。そのヒゲがダンディで素敵だと言っていたらしい。情報の出所はエイムス・マクドネル。これだけで確かな情報だってことはわかるだろ?」 「な、なに……情報屋エイムスか!?」 「今回はあんたに、ジェイニーちゃんが今欲しがっているものの情報をあげようと思っててさ」 ゲレットは目を見開いた。 「そいつをきちんと持って行けば、さらなるサービスの向上は間違いない。うまくいきゃ『親密なお付き合い』に発展するかもな」 「し、親密な……」 悪魔のようにささやくグラン。ゲレットはごくりと唾を飲んだが、首をふった。 「だ、だが、あの宿屋はそういうサービスまではやっていないはずだが……」 「じゃあ教えてやる。あそこには『裏サービス』を行う部屋がある。そこじゃなんでもありだ。なにを頼んでもやってくれるとか、やってくれないとか……」 「な、な、なんだと……?」 グランはそこで、耳打ちをやめてパッと手を開いた。 「でも、教えるのはやーめた。だって俺、もうクビなんでしょ? 残念だけど仕方ないもんね。おっさんとの関係はこれまでだ」 「待て、魔術師グラン」 ゲレットは神妙な顔をして咳払いをすると、さっきまで書いていた紙をびりびりと破いた。 「ルーカスによろしく伝えろ。だが次は遅刻するんじゃないぞ。報酬を持ってくるから、待っていろ。1万ゴールドだったな」 「さっすが。話がわかる人で助かるよ」 握手するふたりに、リブレは仰天した。 仕事を終えたふたりは、マタイサの町の小さなカフェでコーヒーを飲んでいた。 「なあグラン、ゲレットさんに一体なにを言ったんだよ?」 グランは、ゲレットに渡した「重要な情報」について話した。リブレはたいそう驚いた様子だった。 「えっ、ジェイニーちゃんって、あの宿屋の? あそこって、お酒を飲みながら一緒に話をするだけだろ。そんな裏サービスがあるなんて話、聞いたことないけどなあ」 「うん。ないよ」 「えっ?」 リブレは首をかしげた。 「ないの?」 「ないよ。ウソだ」 「お、おい。マズいんじゃないのか、それ」 「だが、ジェイニーちゃんがバルーンのぬいぐるみを欲しがっているのは事実だよ。だから問題にはならねえ。おっさんは、ありもしない『裏サービス』を夢見て、ジェイニーちゃんにぬいぐるみを渡して、あの子を急かすんだろうよ。その姿を思い浮かべるだけでも笑えちまうな」 グランはその場でけらけらと笑った。リブレは「やばいって」と言いつつも、笑いをこらえている。 「クズふたり、見つけた。こんなところで道草食ってたの」 そこに、ふたりの女性が現れた。 一人は、ローブをまとった小さな少女。 もうひとりは、大きな突撃槍(ランス)を背負った、背の高い女だ。 振り返ったリブレが驚いたようすで声をあげた。 「アイに、リノ。どうしたの、こんな辺鄙な町まで」 小さな少女、ヒーラーのリノ・リマナブランデは肩をすくめた。 「どうしたの、はないでしょう。この間のクエストの参加可否、今日までよ。それを聞きに寄ったの」 きれいに切りそろえた長い黒髪に、同色の瞳。身長はリブレよりも頭ふたつほど小さく、見る人が見れば「幼女」という言い方をするかもしれない。しかし、うっすらとされている化粧や、その佇まいを見るとそれなりの年齢だということがわかる。しかし、年齢の話を彼女にする人間はいない。サン・ストリートでも有名なタブーだからである。 「あぁ〜……そういやそうだったね」 「忘れてたってのかい。全くあんたらときたら、相変わらずどうしようもないね」 冷たく言い放ちつつも笑っているのが、ランサーのアイ・エマンド。 炎のように赤く、ウェーブを描く短髪。強い意志を感じさせるつり目に、赤い瞳。身長はリブレやグランたちより少し高い。使い込まれた皮鎧の下には、引き締まった筋肉が隠れている。身長よりも高さのあるランスを背負う彼女がどんな強さを持つのかは、あまり想像に難くない。 「どうせ、またふたりでろくでもない話でもしてたんだろ」 言われて、グランはおもしろくなさそうに彼女を見る。 「うるせえんだよ、ゴリラ女。本当に女かどうか、おっぱい揉んで確かめるぞ」 アイは一瞬にして顔を赤らめた。 「んなっ! 下品な奴! そ、そんなことしたらぶっとばすからね!」 「ほんとはやってほしいくせに、素直になれないアイちゃんなのであった」 いたずらっぽい笑顔を浮かべつつ、リノがぼそりと言うと、アイがあわててその口をふさごうとする。リノはそんな彼女の攻撃を、小慣れた動きでジャンプしてかわし、ふわりと着地した。 「……それで。あんたたちふたり、レベルっていくつだっけ? 今回のクエストではレベル20以上は必要よ」 「俺たち、ギルドに入ってねえからなあ。20くらいだと思う」とグラン。 「リブレは?」 「俺? 21だよ」 瞬間、空気が凍り付く。目を鋭くさせたグランはリブレを見て言った。 「は?」 「なんだよグラン」 「21、だあ? なんでこのグラン様より上なんだよ」 「上だからだよ」 「リブレお前、こないだ18って言ってただろ」 「言ってない。21だよ」 「はあ?」 ここから、くだらない口喧嘩ショーが幕をあけた。 一体どちらのレベルが高いのか。とてもレベルの低い悪口の攻防が数十分の間、繰り広げられた。なお、レベルは冒険者たちの所属するギルドが与える数値で、彼らのそれは単なる自己申告にすぎない。 最終的に、ふたりはこう言った。 「そこまで言うなら、今から勝負しろ! どちらが上かハッキリさせてやる!」 マグン王国は、王都とマタイサの町をつなぐ「トンカ平原」の街道。 リブレとグランは少し距離を開けて対面していた。ちなみに、カフェは追い出された。 「残念だが恨みっこはなしだぞ、グラン」 リブレが背中からロング・ソードを抜く。めちゃくちゃサビた、赤茶色の刀身が姿を現した。 「恨むはおめーさんの方だよ、リブレ君」 ローブを脱ぎ捨て、動きやすそうな服装になったグランが、くるくると杖を回して構えた。 「やめなよ、ふたりとも」 ふたりと少し離れた地点でアイが、心配そうに言う。いっぽう、隣のリノは楽しそうだ。 「確かに、ここでやるのは若干もったいないわね。サン・ストリートならいいギャンブルの対象になるでしょうに」 「リノ、あんたも止めてよ」 「いいじゃないの。たとえケガしても、私が魔法で回復してあげられるわ。アイちゃんは愛しいグラン君を応援してあげなさいよ」 「もう、いつもこれだ! あたしはもう、知らないからね!」 アイの叫びを合図に、ふたりは走り出す。 「とりゃー!」 「オラーッ!」 気合いの乗った声とともに、がきんと杖と剣を打ち合わせる。 リブレの剣は錆びているため、ふたりはつばぜり合いの状態になった。 「グラン……悪いがお前の手口はよくわかってる。ヘンテコな火炎魔法のたぐいは、僕には効かないからな」 「へん。お互い様だよ。いい加減付き合いも長いからな。お前のへっぽこ剣術なんて、この俺様にゃかすりもしないさ」 「だったら試して――」 しかしその時。リブレの顔つきが変わった。彼は一歩下がってつばぜり合いをやめ、グランを手で制した。 「待てグラン」 「どうした、怖じ気付いたのか?」 「違うよ……」 リブレは顔を青くして汗をかき、近くにある林を指さした。 「そこにモンスターがいる。この戦いは中止だ。警戒しろ」 「なんだよ、レーダーが発動したのか。仮にモンスターがいたとしても、ここじゃ大した敵は……」 言い終わる前に、モンスターが姿を現した。 ふわふわと舞う、かわいらしい顔をした青い風船のようなモンスターだった。 「なんだよ、バルーンじゃねえか」 グランが呆れた様子で言ったのも無理はない。 バルーンは、マグン王国に生息するモンスターの中でも最弱。色によって強さが異なるが、もっとも数が多く弱い青は、町の子供たちでも退治できてしまうほどのザコモンスターだ。 「リブレ、お前……情けなさすぎるぞ」 グランが声をかけるが、リブレの様子は変わらない。むしろ、ガタガタと震えだしたところを見ると、悪化している。グランはそれを鼻で笑った。 「ったく、しょうもねえ。これじゃ勝負も、このグラン様の不戦勝かな。これからは俺のことをグラン様と呼ぶよう」 「に」という最後の言葉は、出てこなかった。 バルーンの背後からズシンという重苦しい音と振動とともに、もう一体、モンスターが姿を現したからだ。 人間の数十倍はあろうかという巨体。鋼のような筋肉。ひきつった、ゲレット・ギラールよりも怖い顔。 その場にいる全員が口を開いた。 「オ、オーガ……」 「オーガじゃない。角が2本ある。あれはダブル・オーガだ!」 オーガ。マグン王国でも最強のモンスター。その気性は荒く、攻撃的。しかも逃げる人間を見ると追いたくなるというイヤな性格。角が多くなるほどレベルが高く、ダブル・オーガは高レベルのパーティでも苦戦を強いられる強敵として知られる。 ダブル・オーガは敵対種族であるふたりの人間を見つけると、右腕を大きくあげた。リブレとグランは、とっさへ後ろへと飛ぶ。 大きな振動と轟音が響く。 グランは、なんとか立ち上がる。見ると、周囲の地面がまるまるとえぐれていた。とてもではないが、まともに戦えるようなレベルの相手ではない。どんなにダブル・オーガが手を抜いたとしても、当たれば必殺である。 「リブレ、グラン、そいつはヤバいよ! はやく逃げて!」 アイが叫ぶが、リブレもグランも不満げにそれを見つめるだけだった。ちなみにリノは、すでに背を向けて走り出している。 「おい、リブレ」 グランが自分の手のひらに、意識を集中。“魔力”と呼ばれる力の固まりが、青白い輝きとともに現れた。 「わかってんな」 「ああ」 リブレも、剣を構えて立ち上がった。 「勝負のじゃまをしやがって。俺たちの力を思い知らせてやる!」 ふたりは、ダブル・オーガへと向かっていく。 ダブル・オーガは目の前の敵を見据えて、今度は口から炎のブレスを吐き出した。 「はい、こんなもんは相殺」 グランは腕をクロスさせて“魔力”を増大させる。 「――は、無理だから、頼んだぞリブレ」 「知ってる」 リブレはグランの腕に、足をかける。不安定になった“魔力”がはじけて、リブレを空中へと投げ出した。 リブレは剣を持つその手を振り下ろす――ことはなく、彼の脚に取り付けられたポーチにつっこんだ。 「食らえ!」 彼が取り出し、投げたのは、木の葉で丸めた手のひら大の玉。リブレが茶色い刀身をそれにたたきつけると、炸裂音とともに、大きな爆発が怒った。 ダブル・オーガはなにが起こったのかわからず、少しばかりひるんだ。 「いまだ、グラン!」 「おう!」 リブレが着地。グランとふたり、ダブル・オーガを見据える。 そして、とどめの一撃を。 「逃げるぞおおおおおおおおお!!」 一撃を――与えることはなかった。彼らは背を向けて、猛烈な速さで逃げ出した。 その間、わずか5秒。 それでも、彼らにとっては十分すぎる時間だった。 ダブル・オーガが視覚を取り戻した頃、すでに彼らの姿はなかった。 王都マグンは、南ゲートから進んだ先にあるサン・ストリートの酒場「ルーザーズ・キッチン」。 「――って、ことがあってよお! いやあ、さすがにこの大魔術師・グラン・グレンもビビったよなあ!」 グランは上機嫌にジョッキをあおいだ。対面するマスターは、つまらなそうに皿を洗っている。 「ダブル・オーガを圧倒した、ねえ。お前らなあ、そんなこと俺に言って、信じてもらえるとでも思ってるのか?」 「ウソじゃねーよ! なあリブレ、言ってやれ!」 「ホントなんですよ、マスター。ダブル・オーガは明らかに僕たちを殺す気で襲いかかってきたんです。でも、でもね! 僕の剣がその攻撃をいなした! その時グランが、ちょうど火炎魔法の準備を終えていたんです。グランの魔法は見事に命中! これは僕たちの巧妙な戦術で、それに驚いたオーガは思わず怯えて―――」 遠目のテーブル席でそれを聞いていたリノが、ため息をついた。 「逃げるのだけは超一流だから、話に微妙な説得力があってたちが悪いのよね。あいつら、ホントーにバカ。ねえアイちゃん、グランなんてやめておきなさいよ」 アイは、大笑いするふたりを楽しそうに見ていた。 「やだ」 こうして彼らは、本日のユージュアル・クエストを終えた。 |